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 エレは急いで付け加えた。
「すぐそこまで連れてきたのですが、粗忽な子で、廊下で足をくじいて歩けなくなり、アドリアン殿がご親切に付き添ってくださって」
 王は面白そうに笑った。
「ほう、アドリアンが。 似合いのカップルという気もするが」
「マールはまだまた幼稚で。 では、これ以上お邪魔して疲れが出たら大変ですから」
 さりげなくかわすと、エレは立ち上がり、挨拶をして早々に寝所を出た。

 エドモンが馬車を提供してくれたので、それに乗って屋敷へ戻る途上、エレは真剣な表情で考えていた。 国王の病状がどう変化するか、予断を許さない。 微量ずつ盛って次第に弱らせていく薬は何種類かある。 きのこから採るもの、鈴蘭の根から抽出するもの……
「とりあえず、ジョゼ・クルスナールを王宮から遠ざけなきゃ」
 反逆者かどうか確かめるのは、その後でもできる。 いっそ毒には毒で、クルスナールに一服飲ませて具合悪くなってもらおうか、とエレは珍案を思いついた。


* * * *


 薬屋の二階に陣取ったアンリは、いらいらしていた。 ここから酒倉が見渡せるので、十ピアストルもの金を渡して借りているのだが、このところ倉への出入りはぴたりと絶え、酒場を訪れて合言葉を口にする人間もいないのだ。
「おもしろくない。 こんなところで一日中待機するばかりでは」
 奥のテーブルで、暇な部下たちがトランプをしている。 賑やかな声が響いてきたが、入る気にもなれなかった。
「退屈だ。 あいつらに見張りさせて、父上と作戦を練り直すか」
 そう呟いて窓を離れようとしたとき、眼下に思わぬ人間を発見した。
 それは、セルジュだった。 栗色のたっぷりした巻き毛の上に三角の帽子を載せ、素早い足取りで石畳の道を歩いていく。 普通に通り抜けているようだが、上から見るとはっきりとわかった。 道端にうずくまっていた物乞いが、すっとセルジュの手に何かを握らせるのが。
 情報だろうか――暇を持てあましていたアンリは、好奇心でむずむずして急いで帽子を掴み、できるだけ静かに裏階段を下りていった。



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