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 宮殿で、賑やかにエレを案内してきた青年貴族たちは、執務室の前にある控えの間に入ると、一転して真面目になった。
 特に国王の信頼が厚いジャン・ユベール・ド・ソワゾンという髪の黒い若者が、息を潜めるようにしてエレに打ち明けた。
「実は陛下は、おとといから具合を悪くされて、床に伏せっておられます。 奥方様だけは心から信じておられますから、特別にお話しするのですが」
 優雅に微笑んでいたエレの口元が、ぴたっと閉じた。 それから、ジャン・ユベールの袖に手を置いて、低く尋ねた。
「医師はなんと?」
「それが、よくわからないのです。 熱はないし、吐き気や悪寒もないのですが、顔色が悪く、食欲もまったくわかず」
 新種の毒では? と言いかけて、エレは自制した。
「お目にかかれる? 少しでいいのよ」
「伺ってきます。 たぶんお許しが出ると思います。 少しだけお待ちください」
 すべるような足取りで、ジャン・ユベールは隣りの部屋に姿を消した。

 待っている間、エレは珍しく人前で顔をしかめていた。 不安が次第におぞましい形を取ってくる。 これが国王暗殺の陰謀だとしたら、犯人はどの敵に属するのだろう。 目の前で優しい横顔を見せているジョゼ・クルスナールは、これまでエレの知っているどんな反逆者とも似ていなかった。 のんびり、おっとりしているし、何より目がきれいだ。 やましさも鋭さもまったく感じられない、穏やかな表情だった。
 これが芝居なら天才役者だな、とエレが思っていると、ジャン・ピエールがそそくさと帰ってきて、エレを招いた。
「どうぞ、お入りください」


 濃紅のベルベットで覆われた壮麗な部屋の、天蓋付き巨大ベッドに、ルイ王は横たわっていた。 寝ているといっても、枕を背中に置いて上半身を寄りかからせていて、ゆったりと座っている形だった。
 部屋は薄暗くしてあったが顔が見えないほどの暗さではなく、特徴ある鼻の形や最近いくらかたるんできた頬の線がはっきりわかった。
 ちょっと弱気な声で、王は呼びかけてきた。
「よく来たな、わたしの小さな鴨さん。 一段と美しい羽根で装っておるな」
 いつも通りの呼びかけ、耳慣れた口調だった。 毒ならまだ頭まで回ってはいないらしい。 エレはほっとして、いつも通り少し離れた椅子に腰を下ろした。
「ご気分は? 心配ですわ」
「なに、すぐ直る。 腹と足に力が入らないだけでな」
 強気に答えながらも、声はかすれぎみになった。
「ただ、今のところは面倒な話は聞きたくない。 急ぎの用件かね?」
「いえ」
 にこやかに、エレは打ち消した。 クルスナール達が緞帳の陰で聞いているのに、話せるわけがない。
「娘を連れてご機嫌伺いに。 久しくお目にかかっていませんでしたから」
「おお、マールを」
 うれしそうに国王は頭を回した。



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