クルスナール? マールの耳に、弱々しい声がどっとよみがえってきた。
『クルスナールの代わりはもう来たのか? って、確かそう言ってました……』
まさか……だがもし万一、セルジュの友達が殺されかかったのが、この無邪気な顔をした美青年のせいだったら……!
マールは彼の顔を見返したりはしなかった。 そうしたい気持ちはやまやまだったが、我慢してぼんやりした退屈そうな表情を装った。
エレも平然としていた。 マールから見て、気がつかなかったんじゃないかと思われるほど自然な態度でジョゼ・クルスナール青年に微笑みかけ、手を差し伸べて挨拶した。
「はじめまして。 大天使ミカエルのようにおきれいね」
なめらかな手に唇をつけて、青年も笑顔を返した。
「奥方様こそ。 眼がつぶれるほどお美しいという噂は大げさではなかったのですね」
その口調には、かすかに南部の訛りがあった。 エレは上機嫌で提案した。
「ちょうどよかった。 これから国王にお目にかかりに行くのだけれど、案内してくださる?」
「喜んで」
信頼されたと感じたのだろう。 クルスナールの声に張りが出た。 取り囲んでいた若者たちは、さっそく陽気な不満を言い始めた。
「それはえこ贔屓ですよ、奥方様」
「ちょっと美しいからって、わざわざ彼を指名するなんて」
「じゃ、あなたたちも一緒に行く? にぎやかでいいわ」
「行きましょう、行きましょう!」
一同は束になって、がやがやと廊下を歩いた。 間もなくマールは、母が実に巧みにクルスナールについての情報を訊き出していることに気付いた。
「昔、クルスナール殿によく似た人を知っていたわ。 やはり国王のお気にいりで、スイス国境近くの出身だったの」
「この男はアルザスから来たんですよ。 なあ?」
「ええ」
クルスナールは言葉少なに答えた。 最初に彼をエレに紹介したエドモン・シャイーという若者が、自分だっていろいろ知っているのだと見せたくて、急いで口を挟んだ。
「国王が国境を視察に行かれたとき、狩りのお供をしたんです。 それでなかなかよく気のつく男だと認められて、ヴェルサイユへ来いと招かれたんだよな」
「そう」
クルスナールはそれ以上自分を話題にしたくないらしく、豊かな金髪をさっと振って、マールに顔を向けた。
「こちらのご婦人もお美しい。 お嬢様ですか?」
たちまちエレは相好を崩した。
「ええ。 末娘のマルグリットよ」
「初めまして」
実に優雅に、ジョゼ・クルスナールはマールに頭を下げた。
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