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 エレは、まだ聞きたがるマールを引っ張って隣りの部屋を忍び出た。
「お母様、話はまだ」
「大事なところは全部聞いたわ。 あなたはもう寝なさい。明日は私とヴェルサイユへ行くんだから」
「えー? 私も?」
「そうよ。 ルイ王に報告しなきゃならないけど、私一人で行くと角が立つでしょう? ほら、あの焼き餅焼きのおばさんに睨まれて。 だから娘を連れていけばいいってわけ」
 焼き餅焼きのおばさんとは、国王の現愛人のことだった。
 仕方なく、マールは頬をふくらませながら寝室へ向かった。 ヴェルサイユは嫌いだ。 ドレスを着て淑やかにしていなければならないし、大公の一人娘というわけで逆玉狙いの貴族たちが盛んに色目を使ってくるのが煩わしい。 いっそアンリの部下になって、秘密めかした陰謀者たちをこっそり尾行してみたかった。


 翌朝、意気揚揚とアンリが駐屯所から戻ってきた。
「喜んでください、父上。 腕っぷしが強くて口の堅い男を十一人集めてきましたよ」
「十一人?」
 フランソワがいぶかると、アンリはにやっとして続けた。
「ジャン・ユーグにも声をかけたんです。 敵がそっくりさんで来るなら、こっちも影武者で、と考え付いて」
 きわどいユーモアに、フランソワは当惑顔になった。 ジャン・ユーグとは、事故死したフランソワの弟レオン・ルーヴィニュイが歌手に産ませた隠し子だった。 アンリはレオンの子なので、ジャン・ユーグとは半兄弟。 顔も非常によく似ていた。
「おまえな、遊びと考えているんじゃないだろうな。 一人殺されかけてるんだぞ」
「わかってますよ。 ほんとはね、ジャン・ユーグなら信用できると思ったからですよ」
「まあ……そうかもしれん。 あの子は昔から真面目で誠実だった」
「わたしよりずっと」
「自分で言うな。 それで、集めてきたその十一人はどこにいる?」
「フェンシングの練習室に入れておきました」
「よし、行こう」

 男たちが打ち合わせをしている間に、女たちは支度をして馬車に乗った。 帽子につけた粋な羽根がどう被り直しても額に垂れてくるので、癇癪を起こしたマールは引っこ抜いて窓から放り投げてしまった。
「いくら高い孔雀の羽根でも、眼を塞ぐんじゃ使い物にならないわ」
 エレは、高価な羽根が汚れた路面に落ちるのを見ても平然としていた。
「今度から衣装係のマリーに言っておくわ。 もったいないからあなたの服装には凝ったものは使うなって」
「そうしてください、お母様」

 四輪馬車がガタガタと石畳をこすって走っていった後、横の道から一人の男が現れた。 そして、煉瓦の階段に引っかかって揺れている羽根を手に取り、そっとシャツの中にしまいこんだ。




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