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 八時少し前に、ピエールはジャンと連れ立って井戸傍へ行った。 間もなく裏手の木戸が開いて、中からセルジュがひっそりと姿を現した。
「どうだった?」
 ピエールが早口で尋ねると、セルジュはわずかにうなずいてみせた。 情報が手に入ったと見て、ジャンはささやき声でセルジュを促した。
「ここは人目がある。 大臣邸へ行って直接報告してくれ」
「大臣?」
 セルジュの眼が不審そうにまたたいた。 ピエールが低く説明した。
「陸軍大臣のコンデ公だ」
 瞬間、セルジュの動きが止まったが、顔は無表情のままで、素直に二人について歩き出した。


 書斎に直接招き入れられると、セルジュは手に持っていた巻紙を、フランソワに渡した。
「これが酒蔵の大体の様子です。 東北の角に地下室があります。 セーヌの川岸まで穴が通じていて、河から樽を転がして入れるようになっているんでしょう」
「なるほど。 いざとなったらそこから逃げるつもりだな」
「ええ、たぶん。 だからあの倉に集まっているんです。
 話を聞いたところ、あいつらはスパイか何かです。 本物と似ている人間を地方から呼び寄せてはすり替わっているようで。 今のところ二人ですが、これからもっと増員するみたいです」
 そしてセルジュは、聞いた名前を教えた。
「そのうちの一人は、本名をデュケという男です」
 エレと共に隣りの部屋に入って、細く開けた扉の隙間から盗み聞きしていたマールは、我慢できなくなって母に囁きかけた。
「スパイって、そんなに沢山必要なもの? 二人入り込んだら、それで充分でしょう?」
「ただ秘密を探るだけじゃないかもしれないわ。 暗殺とか、反乱を企んでいるかも」
 マールは武者震いを感じた。 どんどん話のスケールが大きくなっていくじゃないか。

 書斎の話は続いていた。
「奴らはどこに潜入してるんだろう」
「それが問題ですよ。 パリやヴェルサイユには要人が山ほどいる。 しらみつぶしに調べたら半年はかかりますね」
「何とか探り出せないか。 奴らの後をつけて」
「用心深いんです。 一度に一人ではなく二、三人連れで出てきて、途中で分かれる。 こっちももっと人数をかけないと」
「わかった」
 フランソワは決断した。
「そこはアンリに任せよう。 信頼できる兵士を十人集めろと奴に伝えてくれ」
「わかりました」
 指令を受けたジャンが、すぐに夜の闇へ出ていった。



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