表紙
表紙目次前頁次頁文頭





−28−

 ピエールは顔をしかめ、ジャンは意味ありげに首を振った。 これだから女はいい男を見ると……と苦々しく思っている雰囲気が伝わってくる。 確かにそういう部分もあるので、マールは声が小さくなった。
「知ってるんだ、たまたま。 この男は確か、セルジュ・ラリックといって、カルナヴォン伯爵の雇い人だ」
「カルナヴォン伯爵? お隣りの?」
 うっかり口をすべらせたジャンが、ピエールに蹴飛ばされた。 ピエールは急いで言いつくろった。
「道をへだてた向かい側ですよね。 それはともかく、雇い人というだけじゃ信用できるとは……」
「今じゃ別の方にお世話になっています」
 セルジュが早口で遮った。
「ええと、男爵のシャルル・コンデ様に」


 マールたちは一斉にセルジュを見つめた。 想像もしなかった名前が不意に出てきて、三人とも判断に困ってしまった。 特にマールは。
 酒場に入ったときから帽子を目深に被り、できるだけ素顔をさらさないようにしてきたので、間違っても自分が『シモーヌ』だとばれない自信はあったが、それでもできるだけ男の子らしく声を作って、マールは訊いてみた。
「デラルジェリ男爵〔=シャルル〕が君を雇ったのか?」
「はい、いえ」
 セルジュはためらった。
「後援してくださることになったんです。 画家になれるように」
 画家! マールは目を丸くした。 なんだかよくわからない。 腕のいい泥棒で、おまけに絵も上手?
 ジャンが馬鹿にした声音で口を挟んだ。
「画家の卵なぞ軟弱にきまってる。 いったい何の役に立つというんだ」
「いや、待て」
 ピエールが額に皺を寄せて小声で叫んだ。
「ブリュノ・レポを知ってるだろう? 建物の見取り図や敵陣の地図を見事に描く奴。 戦闘のとき本当に便利で助かった」
「じゃ燕亭の酒蔵に忍び込んで、中の様子でも描いてきてもらうか」
 ジャンは冗談で言ったのだが、それを聞いたセルジュの眼が光った。
「やりましょう」
 マールはひやっとした。 危険だ。 危険すぎる! 反射的に手が出て、身をひるがえしてさっそく行こうとしていたセルジュを引き止めた。
「待て! あそこは窓がないし、出入り口も二つだけで、その一つは燕亭の中だ。 おまけに中に誰か隠れているかもしれないんだ。 不意打ちをくらって、友達と同じ目に遭わされたらどうする!」
 そっとマールの指から袖を外して、セルジュは静かに答えた。
「ご心配はありがたいですし、情報も助かります。 ですが、皆さんに信用してもらうためには役に立つってところを見せなくちゃ。 隙をうかがって忍びこんでみせますよ。 何とかやってみます」




表紙目次前頁次頁文頭
背景:CoolMoon
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送