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 ピエールは気が気ではなく、盛んに燕亭のほうに視線をやりながら呟いた。
「ぐずぐずしていると目当ての男が逃げてしまいます」
「そいつも酒蔵に集まるんだろうから、大丈夫だよ。 それより、この怪我人が気を失う前に訊いておこう」
 一段と体を低くして口元に顔を近づけ、マールは優しい口調で尋ねた。
「おまえを刺した悪党どもは何を話していた?」
 しびれ作用のある塗り薬の効き目で半ば目を閉じかけていた男は、意識をかき集めて思い出そうとした。
「大したことじゃなかったんです、本当に。 クルスナールの代わりはもう来たのか? って、確かそう言ってました」
「クルスナール? その名前に意味があるのかな」
「わかりません。 でも確かにそういう名前で……」
 声が小さくなってきた。 マールは軽く彼の頬を叩いて大事なことを訊いた。
「まだ寝るな。 おまえを安全なところへ運びたいが、どこにする?」
「ああ、向かいの路地に井戸があるんです。 どうかそこへ」
「わかった」
 ピエールが肩を持ち、マールは足を支えて、二人がかりで井戸の傍へ持って行った。 男は井戸囲いに寄りかかり、息を深く吐いた。
「ここにいりゃ仲間が来ます。 ありがとうございました」
「何か他に思い出せるか?」
 男は苦しげに顔をしかめた。
「ええと、あと三人だな、とか何とか」
「あと三人か」
 一味はほとんど完成しかけているらしい。 マールはふところから銀貨を一枚出して、男の手に握らせた。
「これは、しゃべってくれた礼だ。 それから今の話は他の人間には言わないほうがいいぞ。 危険らしいから」
「はい、すみません、助けてもらった上に金まで……」
 語尾がかすれて消えた。 ぐったりした男を残して、マールたちは急ぎ足で燕亭へと向かった。

 二人が酒場に入っていくと、見張り役の片割れジャン・メルソーは驚いて目をぱちぱちさせた。
「おい、ピエール! どこからそんな若造を連れてきた!」
 マールが面白がって帽子の縁をちょっと持ち上げて顔を見せると、ジャンは更にびっくりして椅子から落ちそうになった。
「あっ、だめですよ!」
「シッ、いいんだ。 母上の許可を貰ったから」
「でも」
「そんなことはいい。 それより例の男はまだいるか?」
「はい、一番奥に二人で座っている内の、茶色の上着を着たやつです」
 カルヴァドスを注文しながら、ちらっと奥に目を配ったマールは、実に人のよさそうな赤鼻の中年男を発見して、毒気を抜かれた。



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