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 長い髪を羽根のついた帽子に押し込むと、マールはどこから見てもきりっとした美少年に変身した。 小柄なエレは、娘の周りをぐるっと歩いて不自然なところがないか服装を確かめた後、うらやましそうに言った。
「似合うわ。 私もあなたぐらい身長が欲しかった。 それだけあれば大きな剣を使って思い切り暴れ回れたでしょうに」
「ご注意しておきますが、今夜は暴れに行くのではなく、偵察に出るだけですので」
「わかってるわ。 でも念のため」
 懸命にマールの闘志をかきたてないようにしているピエールを尻目に、エレは部屋の隅に置かれた小テーブルの引出しから小袋を取り出し、マールに渡した。
「切り傷にはこれを塗って。 打ち身にも効くわ。 うちの田舎でみんなが使っている薬草を煮詰めて作ったのよ」
「ありがとう、お母様」
 マールがしっかりと袋をベルトに結びつけた後、ピエールは彼女を先導して裏口から屋敷を忍び出た。


 夜の街路は普通、悪党か酔っ払いしか通らない。 ピエールは一人ではないので緊張して、ずっと腰の剣に手をかけていた。 一方マールは好奇心一杯で、深くかぶった帽子の縁の下からしきりに周囲を観察していた。
 二つ角を曲がり、燕亭の灯りが見えてきたとき、マールは左横の地面でザラッという音を聞き、それから不意に足首を掴まれて、激しく息を引いた。
 悲鳴をあげなかったのは、さすがエレの娘だった。 足を強く振って離そうとしたが、固く握った指はいっそう食い込んでくる。 ピエールに気付かれたら容赦なく刺し殺すだろう。 マールは靴を直すふりをしてかがみこみ、地面に這う黒い姿に鋭く囁いた。
「離せ! すぐ離せば見逃してやる」
 ボロ布のような痩せた影は、苦しげに咳をした。
「どうか……どうか助けて。 刺されたんです。 何もしてないのに、いきなり」
 もう刺されている? マールの動きが止まった。
「誰に?」
「あそこの……酒蔵にたむろしてる奴らです……あいつら、なんか変で……」
 マールがついてこないのに気付いて戻ってきたピエールが、その呻き声に鋭く反応した。
「なに? 燕亭の酒蔵か?」
「ええ」
 声はいっそう弱々しくなった。
「死んだふりして、あいつらがいなくなってからここまで這ってきたんです。 でも、もう動けない。 どうかお願い……」
「手当てしてやろう」
 マールはきっぱり言って、細い肩を持って怪我人を持ち上げ、脇の路地へ運び込もうとした。 ピエールは慌てて手を貸した。
「こいつは宿無しですよ。 わざわざ助けることは」
「シッ。 まだ追っ手が近くにいるかもしれない。 それに、酒蔵の連中に襲われたんだろう? 貴重な情報を知っているかもしれないじゃないか」
 できるだけ男らしくしゃべりながら、マールは怪我人の破れたシャツを広げ、胸の傷をあらためた。
「灯りをこっちへ」
「はい」
 ピエールが、家の戸口にかかげられた松明を一つ持ってきた。 その光で見ると、傷は結構深かったが、すでに出血は止まりかけており、しかも急所を外れていた。
「これなら助かるかもしれん」
 マールは石畳に片膝をつき、袋から軟膏を出して傷口に塗った。 しみたらしく、男は呻き声をあげたが、間もなく普通に息ができるようになった。
「ありがとう……ございます。 ずきずきしなくなった。 楽に……なりました」
「動かないで。 今、胸を縛ってあげる」
 マールはピエールからスカーフを取り上げて、怪我人の胸を一巻きし、きっちりと結んだ。



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