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 翌晩、酒場へ聞き込みに出していた二人のうち、ピエール・ジュレの方がひっそりとコンデ邸を訪れた。
 応対に出たのは、ニースへ緊急の旅に出たフランソワの代理としてのエレだった。 ピエールはこの夫妻がほぼ一心同体なのを知っていたので、ためらいなくエレに報告した。
「さっき、合言葉を口にした男を見つけました。 メルソーが見張っています」
 エレの眼がとたんに鋭くなった。
「そう。 どんな様子の男だった?」
「どう見ても普通の農夫で。 ただ」
「ただ?」
「合図し合ったのが、酒場の主人だったんです」
「やはり主人も一味というわけね。 それにしても、その農夫らしい男は見かけより大物なんでしょうね。 主人がわざわざ話しかけるなんて」
「たぶんそうだと思います」
「お役目ご苦労様。 なかなか注意深いわ」
 褒められて、ピエールは嬉しそうに顔を紅潮させた。 だが、次の言葉でぎょっとなって血の気が引いた。
「フランソワが留守の間は私が用心しなきゃ。 さっそく見に行ってくる」
「奥方様!」
 悲鳴に近い声で、ピエールは抗議した。
「閣下の大切な奥方様を少しでも危険にさらしたら、わたしどもの首が飛びます!」
「じゃ、替わりに私が行く!」
 元気な声と同時に、なんとズボン姿で、窓をまたいでマールが入ってきたので、ピエールは思わず口に手を当てた。
「お嬢様! 立ち聞きですか!」
「私をのけものにするからよ。 内緒話みたいだったから、窓の外で見張っていたの。 怪しい奴は来なかったわ」
 あなたこそ怪しい、と言いたそうに、ピエールはマールを睨んだ。


 あきれたことに、エレはあっさりと、男装のマールがピエールについていくことを許した。
「足手まといにはならないわよ、この子は。 剣の腕は一流、弓も使えるし、短剣投げは私が自ら伝授したんだから上手よ」
「しかし……」
「背丈も充分男の子で通るわ。 さあ、ぐずぐずしてないで酒場へ戻りなさい。 マール、男の度胸と女の視点でよく観察して報告するのよ。 わかった?」
「はいっ、お母様」
 マールはうきうきして答えた。 これは冒険だ。 初めて重要な任務を割り当てられて、胸が大いに高鳴った。



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