表紙
表紙目次前頁次頁文頭





−19−

 料理番の助手に、マールが仲良くしている子がいた。 テレーズという丸顔の少女で、手足が伸び伸びと長く、ほぼマールと同じ体型をしているため、よくお古のドレスをあげたりしていた。
 だから、今度はテレーズの普段着を借りたいと頼むと、すぐ承知してもらえた。 もっともテレーズは、使用人部屋で服入れの箱を開けながら盛んに首をひねっていたが。
「お嬢様ったら物好きな。 なんで私のボロ服なんか」


 三十分後、ついでに箒も借りてきたマールは、カルナヴォン邸に近い裏口の付近を掃きながら、さりげなく隣りの様子を窺っていた。
 すると、ものの五分もしないうちに、生垣を刈りこんでいた園丁が声をかけてきた。
「よう、新顔だな。 新しく雇われたのかい?」
「ええ、そうよ」
 マールは脚立の上から見ているひょろっとした男に向かって、陽気に叫び返した。
「話に聞いた通り、パリはごちゃごちゃいろんな建物があって面白いわねえ」
「そうともさ」
 男は人のよさそうな長い顔をほころばせた。
「だが裏通りにゃ悪い生き物が多い。 気をつけな」
「どんな?」
 できるだけ無邪気な顔をして訊くと、男は体を乗り出した。
「人さらい、女たらし、泥棒に人殺し」
「おお嫌だ。 先輩たちに買い物を言いつけられても行かないほうがいいかしら」
「表通りだけ歩いていりゃ大丈夫さ。 たぶん」
 マールの顔がいたずらっぽくなった。
「あ、おじさんも田舎から来たんだ」
「そうだとも。 ブルゴーニュの訛りがあるだろう?」
 男はむしろ自慢げに肩をそびやかした。

 アシル・ドーファンというその園丁とすぐ仲良しになったマールは、生垣の向こうとこっちでしばらくしゃべり、カルナヴォン家の情報をいろいろと仕入れた。
「ふうん、伯爵様はそんなに寝坊なの?」
「ああ、それに大いびきをかきなさる。 中庭を隔てた離れまで聞こえるほどだ」
「でも大ざっぱなのはいいわね。 細かく文句を言われると大変だから」
「そうだな。 うちの使用人はみなのんびりしてるよ」
 本題に近づいてきた。 マールはさりげなく要点をつついてみた。
「ええと、フロロって人はせっかちに見えたけど。 昨日喧嘩の音が聞こえて、つい覗いて見ちゃったの」
「ああ、あいつか」
 アシルは顔をしかめた。
「もう首になった。 問題ばかり起こしている奴でな。 結婚すると騙して女中のミネットから金を巻き上げたんで、それで殴られたんだ」
 なるほど、セルジュはあのときも弱い者を庇ってたわけか――マールはいっそう彼が気に入ってきた。


表紙目次前頁次頁文頭
背景:CoolMoon
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送