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「ねえ、今でもお母様に見とれる男の人は多いけど、どうして私にはいないの?」
 こんなこと無邪気に訊かれても余計困る。 アンヌは細い声になった。
「それはお嬢様がお嬢様だからですよ。 つまり、結婚前の若い女性をじろじろ見るのは無礼なわけで」
「私が不器量だからってわけじゃないのね」
 驚きのあまり背筋を伸ばして、アンヌは真剣に鏡を覗きこんでいるマールを見つめた。
「マール様! お嬢様はおきれいですよ! なんていうか、スペインの色がちょっと入ったような暖かいお顔で」
 つまり、色黒ということだった。 しかし、美人というのはまんざらお世辞とは言えなかった。 きょうだいの中ではただ一人、父親のフランソワによく似ているのだが、不思議なことにとても活き活きした魅力的な顔立ちなのだった。
 アンヌがそそくさと去った後、マールはもう一度鏡を見て、自分を冷静に観察した。
「まあまあってとこね。 お母様みたいに大理石の肌、薔薇のつぼみの唇、というわけにはいかないけど、庶民的な親しみやすい顔だわ」
 庶民的、という形容が浮かんだところで、別のアイデアがマールの頭を駈け巡った。 大き目の陽気そうな口が横に動き、にんまりと笑った。
「面白そう。 午後はたぶんお母様もお父様と連れ立って宮廷に行くから、こっそりやってみようっと」


 昼食の後、エレは手早く着替えてヴェルサイユへ向かった。 マールが予想した通り、本当はパリの駐屯地へ行く予定だったフランソワも同じ馬車に納まってしまった。
「治安担当のオリヴィエは今日御前会議に出るはずだからな。 相談しておきたい」
「そうね。 オリヴィエさんには話を通しておいたほうがいいわね。 でも、ダルレーヌ警視総監には注意して。 ワイロを掴ませると強盗でも見逃すという評判が立ってるの」
「わかった」
 エレは国王の相談役の一人で、様々な裏情報に詳しい。 まともすぎて世渡りのうまくないフランソワが要職についていられるのは、気配りのいいエレの力が大きかった。
 いつもながら見事な二人三脚ぶりだ、と思いながら、マールは戸口で手を振って夫妻を見送った。 心なしか、御者台の横に座った腹心のデュパンが元気なく見える。 なぜだろう、とちょっと不思議だったが、若いマールには他に興味のあることが沢山あって、すぐ忘れてしまった。

 部屋にとって返すと、マールは朝に思いついたことを実行に移した。 まず髪を適当に崩し、次に眉墨を使って両方の眉尻を長く伸ばした。 そして、頬に濃い目に紅をはたくと、人のよさそうな田舎娘の顔が見事にできあがった。
「よしっ」
 第一段階は成功だ。 次はこの顔に似合う服を手に入れる必要がある。 マールは裏手の階段を下りて、台所に入っていった。


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