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 やっと三人の屈強な『クソッタレ貴族』から逃れることができたセルジュは、影のようにシャルルの隣家にあたるカフェの屋根に登り、庇から庇へと音もなく移動して、行きの半分以下の時間で雇い主の館に戻ってきた。
 裏庭には、いらいらと足を踏み鳴らしながら、痩せた男が待ち構えていた。 そして、屋根から軽々と飛び降りる影を見つけて、慌しく近寄った。
「おい、ジャック、いつまで待たせるんだ」
「悪い悪い。 妙な連中に掴まっちまって」
 痩せ男はぎょっとなった。
「掴まった? まさかおまえ……」
「違うよ。 それならここに帰ってこられるわけないだろう」
「確かに」
「それで? 細工はうまくできたのか?」
「あたぼうよ! それにしても、ミションの親父が感心してたぜ。 よくもまあ本物そっくりに描けるもんだってな」
「ごたくはいいから、さっさと出しな」
「ほいよ」
 痩せ男が懐から大事そうに取り出した小さい袋を表から触って、ちゃんと中身が入っていることを確認してから、セルジュも胸から皮袋を引き出して男に与えた。
「いいか、人目のあるところで数えるんじゃないぞ」
「わかってるって。 俺をガキの使いだと思ってんのかよ」
「さっさと行きな。 病気のかみさんによろしく」
「うん、言っとく」

 向かいのコンデ邸の二階では、マールが父の書斎から持ち出した遠眼鏡でその様子を観察していた。 さすがにひそひそ話の声までは聞こえないが、何か小さい物のやりとりが行なわれたのはぼんやりとわかった。
「盗品を売ったのかしら。 でも妙ね。 故売人がこんなところまで出向いてくるかな」
 もしかすると、これから盗みに入る家の鍵かもしれない。 マールはちょっと胸がわくわくしてきた。
 マールがいるのは、自分の寝室ではなかった。 使わない家具やリネンなどが置いてあるいわば納戸で、そこの窓からだとカルナヴォン伯爵邸の裏庭が一望できるのだった。
 もう一時間以上前から、マールは下を眺めていた。 特に何かを待っていたというよりも、窓枠に座って暗い庭に目をやりながら、昼間の出来事をぼんやり思いめぐらしていた。
――華奢に見えたのに、腕なんか相手の、ええとフロロだったっけ、あの大男の半分ぐらいしかなかったのに、勝ち方が鮮やかだった。 足さばきが狐みたいに軽くて――
 日が落ちて湿度が上がり、仄かな蔓薔薇の香りが窓下に這うジャスミンの甘い匂いに入り混じって、高価な香水よりも濃厚にマールの鼻孔を満たした。 胸の奥がそよぐような不思議な気分……マールが半分目を閉じかけた丁度そのとき、痩せ男がドブから這い出たネズミのように庭の隅から現れ、同時にセルジュが屋根から降ってきたのだった。


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