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 パリの町はそう大きくない。 男の足だと酒場からシャルルのいるルポン通りまで二十分とかからなかった。
 シャルルが住まいにしているのは、大通りから二つ曲がった落ち着いた建物だった。 小さめの細長い家だが三階まであるので、部屋数は充分と言えた。
 馬に乗ったまま入れるように縦長になった玄関の扉を、アンリは松明片手に遠慮なく叩いた。
「おい、おーい、シャルル! まさかもう寝たんじゃないだろうな」
 やがて二階の窓が開き、ペン拭きの黒布がアンリに投げつけられた。
「うるさいよ! 今ジョゼに開けさせるから、おとなしく待っててくれ」

 三人の男がぞろぞろと入ってくるのを、階段を途中まで下りてきたシャルルは呆れたように見守った。
「父上まで! 急にどうされたんです?」
「お望みの者を連れてきてやったんだよ」
 アンリがセルジュを前に押しやった。
 綾織のガウン姿のシャルルは、しげしげと若者を観察した。
「ということは、君が燕亭の壁に絵を並べていた絵描きなのか?」
「俺が並べてたわけじゃないですけどね」
 セルジュがこっそり呟いた。 アンリが面白そうに説明した。
「なんか男気のある奴らしくて、足を引きずってる友達のために描いてやっていたんだ」
「俺は他のことでも食っていけるけど、あいつは物乞いしても上手くないし、不器用だから」
「人がよすぎるのも考え物だぞ」
 シャルルが偉そうに諭した。
「自分が前に出ろ。 君の絵には伸びやかな活気がある。 デッサンの腕も確かだ。 どうだ? いい画材を使って思う存分描きたくはないか?」
「そんな夢みたいなこと」
 醒めた口調で、若者は答えた。
「俺の身分じゃ恐れ多いです」
「やってみろ」
 それまで黙っていたフランソワが、不意に勧めた。
「役者やバレリーナにはいいパトロンがついて有名になった者がいくらもいる。 画家もだ」
 ここまで言われて断れば、隣りの下男の口も危なくなる。 セルジュは仕方なく、頭を垂れて感謝の気持ちを表した。
「俺なんかにもったいないことで」
「よし、決まった!」
 兄弟の真ん中のもやしっ子として、なんとなく影の薄い存在のシャルルは、人の才能を育てて世に出すという新しい役が手に入って、自分が一回り大きくなったように感じ、思わず胸を張った。
「それでは今夜からここに泊まるように」
「は?」
 セルジュはたじろいだ。
「今すぐですか?」
 アンリが素早く口を添えた。
「この男はカルナヴォン伯爵に仕えているんだ。 勝手に横取りはできない。 俺が明日伯爵に言ってもらい受けてこよう」
「そうか。 じゃ頼む」
 なんとか今夜は帰れそうなので、セルジュはほっとして肩の力を抜いた。


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