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 腕を振りほどいて自由になると、セルジュはアンリの軍服姿をまず見下ろし、足元から見上げた。
「あんたが?」
「そうだよ」
 笑いながら、アンリは用心のために指の内側に回していた指輪を半回転させて、小指の先ほどの大きさがあるダイヤをセルジュに見せた。
「俺はアンリ・ド・コンデ。 陸軍大臣の息子なんだ」
 セルジュの瞳がきらっと光った。
「へえ。 あのバタイユ通りにあるお屋敷の?」
「今は街中に住んでるが、ときどき帰る」
「それはそれは」
 帽子を脱いで、セルジュはうやうやしく一礼した。
「で、未来の公爵さまは何をお望みで?」
「君を弟に紹介すること」
 ちょっと意外そうに、セルジュは腕組みした。
「弟さん? 俺はしがない下男ですよ。 実はお宅の隣りに雇われてるんです。 カルナヴォン伯爵邸に」
「それならいっそう話が早い。 カルナヴォン夫人は母の友人だから、君を喜んで譲ってくれるだろう」
 セルジュは慌てた。
「ですけどね、ちょっと……」
「まあ来なさい。 悪いようにはしない」
 行動的なアンリは、さっそくまたセルジュの腕を取り、早足で酒場の中へ入っていった。


 テーブルでは、ふたつ並んだ盃を前にして、フランソワが渋い顔をしていた。
「おい、ちょっとと言って、いつまでぶらついているんだ」
「すみません、父上。 例の者を見つけたんで、つい」
「例の者?」
 一文字に伸びたフランソワの眉が、困った様子で立っている若者を見て、浅いVの字になった。
「この男が、どうかしたか?」
「ええと」
 そばで偽物の画家が盛んに首をひねりながら似顔絵を描くふりをしているので、アンリは声をひそめて説明した。
「シャルルが会いたがっていた当人なんです。 これからちょっと連れていっていいですか?」
「待て。 この酒は……」
「父上お一人でどうぞ」
「こら!」
 怒鳴ろうとして、フランソワは気を変えた。
「それならわたしも一緒に行こう。 あいつに相談したいことがあるし。
 おいお前」
 声をかけられて、セルジュはきょとんとした。
「はい?」
「酒が好きなら、こいつを飲んでいいぞ。 アンリ、お前も自分の分を飲む時間ぐらいあるだろう」


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