アンリが前かがみになって、帽子を拾い上げている間も、話は続いた。
「しょうがねえな、まったく。 それで、そいつは出入り口の近くにいるのか?」
「うん! 窓からでも四角い面がおがめるよ」
セルジュは身軽に体を起こした。
「よし。 俺がさらさらっと描いてやるよ。 紙でいいな。 そいつはまさか、上等なキャンバスに描けなんて言わないよな」
「五十フランやるって言ってた」
「じゃ、紙がいいとこだ」
セルジュは素早く小路の奥へ行き、間もなく巾三十センチほどの紙と木炭を持って戻ってきた。
これは面白い。 アンリはつかず離れず、二人の後をつけていった。 そして、店三軒ほど距離を置いて、セルジュが街角の松明を頼りにスケッチするのを観察していた。
はしこそうな若者は、五分ぐらいで輪郭を取り、細かい仕上げに入った。 そして、あと少しというところで止め、クロに言い聞かせた。
「いいか。 誰にも覗かれないところに陣取って、これを薄くなぞるんだぞ。 最後に近づきながら顎の線を濃く描く。 そうやって何とかごまかしてこい」
「ありがたい。 兄貴!」
クロはうきうきと紙を受け取り、足を引きずりながら酒場に入っていった。
ちょっとの間、その後ろ姿を見送ったセルジュは、遠くから響いてくる寺院の鐘を聞きつけて、ちょっと慌てた。
「あれ、もうこんな時間か。 まずいぜ、おい」
大股で引き返そうとした彼の前に、すっとアンリが立ちふさがった。
片方の眉を吊り上げて、セルジュは七、八センチほど背の高いアンリを臆さずに見上げた。
「なんか用かい?」
「ああ」
アンリは愉快そうに言った。
「さっきから見てたんだが、おまえ、あのインチキ野郎の代作をしてやってるんだな」
「おめえに関係ない話だ」
ふふんと笑って、セルジュはアンリを押しのけて行こうとした。 だが、腕を掴まれて顔をしかめた。
「何だよ。 喧嘩売る気か?」
「いや、その反対だ」
のんびりと、アンリは答えた。
「お前さんの絵は筋がいいらしい。 後押ししようっていう奇特な男がいるんだが、どうだね? 紹介してやろうか」
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