それからアンリは、力強くセルジュの腕を取り、ぐいっと引き起こした。
「わたしは目上じゃない。 義兄弟だ。
忘れるな。 マールが並み居る貴族ではなく、セルジュ・ラリュックを選んだことを」
眼をきらきらさせて、セルジュは胸に手を置いた。
「いつか必ず、人の心を揺り動かす画家になってみせます。 あの人がわたしを誇りに思えるように」
「そして子供たちも」
複数形に含みを持たせて、アンリはにやっと笑った。
聖堂の裏手で起きたことを知らない参列者たちは、式が無事終わったことにほっとして、トーメ邸へ行く馬車や馬に次々乗っていった。
豪華な馬車に並んで座った新郎新婦は、初め言葉を交わさなかった。 だが、横をアンリの馬が追い越していく際に、さりげなく紙をマールの膝に落としていったことから、思わぬ会話が始まった。
素早く紙を指でつまんで広げたマールは、目を通していくうちに思わず小さな叫び声を立ててしまった。
すると、隣りで手持ち無沙汰にしていたトーメが、はにかみを振り切って尋ねた。
「どうかしましたか?」
衝撃を受けていたため、マールも反射的に答えた。
「恋人が私たちのことを誤解して」
二人は顔を見合わせた。 結婚ほやほやにしてはなんとも奇妙な会話だ。 それでも、以前母から『愛すべき変人』の話を聞いて好意を抱いていたマールは、この相手には正直に振舞ったほうがいいと本能的に思った。
それで、口で説明せず、手紙をそのまま彼に手渡した。
じっくりと事情を読んだ後、トーメ侯は眉を寄せて呟いた。
「これが恋の情熱というものか。 失礼だがわたしには理解し難い」
「恋は苦しいし不安だらけだけれど、魂を揺すぶられるような高みに昇れるのです。 眼を見交わしただけで胸がはちきれそうになる、あの瞬間! 何とも比べようのない、至福の時……!」
うっとりとしたマールの横顔を見て、トーメは手を打った。
「なんだ! それならわかります。 新しい星の配列を見つけたときの、あの胸のうずきですね!」
そう、この人は星に恋しているんだ――優しい目つきで、マールは新しい夫を眺め、明るく微笑み返した。
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