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 謎の合言葉がテュイルリーのあけぼの色の薔薇だとすると、エレはまさしく、コンデ家に咲き誇る金色の薔薇だった。 すでに四十を越えているのだが、髪には一本の白髪もなく、淡いさくら色に輝く頬やなめらかな額はしっとりとした若々しい肌におおわれて、未だに化粧の必要がないほどだった。
「アンリ、まだいたの」
「ご挨拶だな。 妙なことがあったんで、父上に知らせに戻ったんですよ」
「へえ、妙なこと? なに?」
 たちまち眼を輝かせて、エレはそばの椅子に座りこんでしまった。
 しょうがないなという様子で、フランソワが咳払いした。
「君には関係ないことだ。 首を突っこむんじゃない」
「もう聞いてしまったもの。 引っ込まないわよ」
 エレは平気で、息子をせきたてた。
「それで? 何か事件?」
「まあ、そうかも」
 半ば面白がって、アンリは先ほどの話を繰り返した。

 欠点がないという欠点さえない、と国王がいみじくも形容した可憐な顔をうつむけて、エレは真剣に考えこんだ。
「楽しそうじゃなかったのね。 真面目な、人目を忍ぶ雰囲気で話を交わしていたってわけね」
「ええ、そんな感じでした」
「彼らはパリに集まってきている。 お互いに顔を知らない同士で、しかも短時間に二組も」
 エレの表情が、次第に引きしまってきた。
「きっと続々と都へ上ってきているということなんだわ。 それもいろんな地方から。 大がかりね。 まさか、革命とか」
 フランソワは唸り、また髭をひねった。
「確かに世の中は揺れている。 ナントの勅令を廃止してから、新教徒たちはどんどん他国や新天地へ逃げ出しているからな。 だが、彼らの力では、束になってもとても国軍には叶わない。 それに、ルイの人気は根強いし」
「でもきっと、政府に関係あることよ。 さもなければ、そこまでこそこそしないわ」
 エレの推理は正しいと、フランソワにもわかっていた。 これはまさに陸軍大臣の、つまりフランソワ・コンデ公爵自らの仕事だ。
 フランソワはベルを手に取って、腹心のデュパンを呼ぼうとして、ふっと思いとどまった。
「あいつの金釘流の字より、女のなめらかな筆跡のほうが、角か立たなくていいかもしれん。
 エレ、頼まれてくれるか?」
 冒険が大好きなエレの眼が、明けの明星のように輝いた。
「いいわよ! なに?」

 一時間後、アンリは、父が口述し、母がすらすらと書いた書状を懐にして、馬屋から愛馬を引き出し、深夜の街に出た。 生暖かい風が頬を払い、ねっとりしたセーヌの汚臭をなすりつけていった。



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