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 コンデ公は、いわゆる胆汁質だ。 顔は浅黒く赤味を帯び、スタミナがあって気が短い。 まじめに相手をしていると取っ組み合いの喧嘩になりかねないので、アンリは弟の腕を取ってさっさと庭に出た。
「それじゃ邪魔者は消えますよ。 マール、誕生日には帰るからな」
「必ずよ! 二人ともね!」
 広くて手入れの行き届いた庭を、兄弟はのんびりと歩いた。
「歓迎してくれるのは、マールだけだな」
「相当可愛がってやったからな。 うまく手なずけたよ、うん」
「何せ俺たち、悪かったから。 親にうとんじられるのは自業自得かもしれん」
 二人は顔を見合わせ、苦笑いした。

 またしばらく会えないから、ゆっくり飲みなおそうという話になり、兄弟の足は、壮麗な屋敷から五分ほど歩いた酒場に向いた。
 店はまだ新しく、女給仕もなかなか可愛いということで、まだ午後の早い時間だが男の客で一杯だった。
 軍隊の制服に物をいわせて、アンリは隅で酔いつぶれていた石工を道に押し出し、ちゃっかりと座りこんだ。 シャルルも笑いながら席についた。
「相変わらず強引だな」
「生活の知恵ってやつさ。 軍隊じゃ、うかうかしてると懐剣まで盗まれるんだぞ。 要領よくもなるさ」
「新しく入ったチェリーブランデーはいかが? 鶏のフリカッセもありますよ」
 給仕の声につられて、二人はその品を注文し、運ばれてくるまでじっくり店内を観察した。 太い梁にはいくつもランプが吊り下げられ、壁にかかった収穫祭や寺参りのスケッチ画を明るく照らしている。 そのタッチの繊細さとユーモアのセンスに感心して、シャルルが声を出した。
「なかなかのものだ。 こんな酒場に置いておくのはもったいないほどだ」
「ただで食べさせてやる代わりに持ってくるんですよ」
 料理と酒を運んできた女給仕が、剥き出しのままの西壁を指差した。
「あそこまで一杯になったら、金を払う約束なんです」
「わたしならこっちからその画家どのに払ってやるが」
 シャルルが耳打ちすると、アンリはすぐに女に尋ねた。
「その絵描きはなんという名前なんだい?」
「ドゥブラン。 アントワーヌ・ドゥブランっていう若い子です。 みすぼらしい身なりでね、足をひきずってるからすぐわかりますよ」
 早口で説明すると、忙しそうに、給仕は飛んでいってしまった。 シャルルはなるほどと納得した。
「なるほど。 金がないから木炭のスケッチばかりなんだな。 絵の具を使わせてみたいものだ」
「おまえがパトロンになるのかい?」
 アンリが馬鹿にしたように言うと、シャルルはむきになった。
「いけないか? ヴェルサイユではまだまだ絵画の需要が多い。 うまく宮廷画家として売り込めば、わたしだっていい投資になる」
「そうかもな。 俺にはわからん」
 音楽にも絵画にもまったく興味がないアンリは欠伸をした。
 少し会話が途切れた隙に、隣りのテーブルの話し声が聞こえてきた。
「テュイルリーの薔薇は、何色がきれいかな?」
 三角帽子を被り、顔の下半分が黒々とした髭に覆われた男が、およそ似合わぬ言葉を返した。
「金色がかった曙色が」
 アンリはシャルルに目くばせして、噴き出しそうになった。



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