表紙
・・・貿易風・・・ 72

 セーラの全身に激しいおののきが走った。 自然に体が半周して、シドの背に無我夢中で腕を巻きつけていた。
 唇が柔らかく触れ合った。 目を閉じると太古の海に取り囲まれているようで、セーラは心から安らいだ気持ちになり、小声で囁いた。
「何も考えたくない。 ここにあなたがいるだけでいい」
 シドは優しくセーラの肩を抱き、そのままの姿勢でバンガローのベンチに深々と腰かけた。
「手紙が届いたときは、開けるのが怖かった。 でも、思い切って読んで、本当によかったよ。 ほとんど知ってることだったけどね。 君の気持ち以外は」
 驚きで、セーラの体が硬くなった。
「ほとんど知ってるって……」
「トロイ・タウンゼントが釈放されたことを知って、共犯の弁護士が手紙をよこしたんだ」
「メイヤーさんが?」
 シドは真剣な表情でうなずいた。
「タウンゼントに脅されて一味に加わったんだとか何とか、言い訳がましいことを言っていたが、その中で、君の素性とケンプ邸に来た動機だけは正確に書いていた。 彼は君のことをだんだん娘みたいに思うようになっていたらしいな」
 そう言えば、メイヤーはいつも節度があって、彼女の嫌がることは決してしなかった。 根はそう悪い人ではないらしい、とセーラは思った。
 その額にキスして、シドは締めくくった。
「彼の告白は、君自身の言葉とぴったり一致した。 君が信用できる真面目な女性だと証明されたわけだ。 ヒューはほっとしていたよ。 そして、僕も……」
 再び唇が重なったため、言葉は途切れた。

 いつまでも抱き合い、語り合っていたかったが、出航の時間が近づいてきた。 シドが表に待たせた馬車は辛抱強く待っていたので、それに乗って二人は港へ急いだ。
「ヒューがね、乗船券を譲ってくれたんだ。 彼は列車に乗り換えて南下するって」
 喜びで、セーラの顔が赤らんだ。 二ヵ月以上の船旅を、ずっとシドと共に過ごせる! 知りたいこと、話したいこと、そして、告げたい想いが、胸一杯に詰まっていた。
 粗末な二輪馬車の上で、セーラは再びシドに抱きつき、胸にもたれて深い安堵の溜め息をついた。


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