表紙
・・・貿易風・・・ 68

 その夜、暖かい湯たんぽの入ったベッドで眠りに落ちて間もなく、セーラは夢を見た。
 赤々と暖炉の燃える大きな部屋に、彼女はいた。 前には見慣れない長テーブルがあって、二人の男の子が座っていた。
 彼らには、部屋の端に立つセーラがまったく見えないようで、双六をやって元気に遊んでいた。
 やがて奥のドアが開き、ほっそりした婦人が入ってきた。 セーラの知っている姿よりずっと若く、夢見るような目をしたジェニファーが。
「さあ、もう九時よ。 寝る時間ですよ」
「はい」
 明るい髪の少年が、すぐ椅子を降りてゲームを片づけ出した。 もう一人の、やんちゃそうな眼のくりくりした子は、テーブルに肘をついてジェニファーを見上げた。
「もうちょっと。 半までいいでしょう、小母様?」
「いいえ、時間厳守よ。 もうじきパブリックスクールに入るんだから、厳しい時間割に慣れておかないと」
「あーあ、上級生の使い走りか!」
 少年は大きく溜め息をついた。 その頬をちょっと突っついて、ジェニファーは明るく笑った。
「あなたならすぐに用事を言いつけるほうになりそうね。 八つも年上のお兄さんに負けないんだから。 ね、シド?」
 シド? セーラの心が激しく揺れた。 まだ声変わりもしていないが、そういえば面影がある。 まっすぐな眉、きらきらした褐色の眼、そして敏感そうな口元にも。
「奥様!」
 外から呼ばれて、ジェニファーは席を外した。 少年たちは仲よく片づけをしていたが、やがて、たぶんヒューと思われる明るい髪の少年が囁いた。
「僕ね、大人になったらお母様みたいな人を探して、結婚するんだ。 シドは?」
 シドは大きな引出しにゲームを放り込んで、振り向いた。
「僕は、黒い髪に宝石みたいな青い眼の女の子がいいな」
 そして、いきなりセーラを指差した。


 顔を叩かれたぐらいびっくりして、セーラは暗い部屋のベッドに飛び起きた。
 すべて夢の中だったとわかっているのに、なかなか動悸が収まらなかった。
 眼を閉じると、シドの現在の顔と幼な顔が重なって見えた。 声もかすかに二重に聞こえた。
『結婚しよう、セーラ……』
 知らぬ間に、涙が頬を伝って膝に落ちた。
――私はあなたをがっかりさせた。 そしてきっと、悲しませた――
 このまま去ってはいけない。 良心と、そして愛の心が、セーラを駆り立てた。 毛布を体に巻きつけて起き上がると、セーラはランプを灯し、机の前に座って、中からジェニファーに借りたままだった便箋を取り出した。


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