表紙
・・・貿易風・・・ 62

「墓地を拡張するとき、塀も作り変える。 地面を掘り起こせば、遺骨が見つかる」
 セーラの喉がゴクッと鳴った。
「つまり……」
「おそらく白骨化しているだろう。 僕たちはダグラスを清め、シーツで古代ローマのトーガのように巻いて、彼を葬った。 だから、遺体が誰か特定できる証拠は、たぶんないはずだ」
 二十年近く前に世を去った青年の骨。 警察が調べ、近隣で話題になるにちがいないが、死因はわからないだろうし、おそらく身元も……
「身元不明だが、うちの土地から出たということで、僕が墓を建てる。 墓石に名前を刻むことはできないけれど、彼は家族の隣りで安らかに眠れるわけだ」
 そうなればいい、と、セーラは心から願った。 犯罪なんか何もない。 少年たちが純粋な心で、悲劇を少しでも食い止めようと努力しただけなんだから。
 パイプを叩いて灰を落とすと、シドはセーラに向き直った。
「不思議な縁だな。 君はもともとこの家の親戚じゃない。 赤の他人なのに、君が来たために秘密が消え、すべてが正しい方向に動き出した」
「私は何も」
「したさ。 奴らの悪だくみを止めたし、ヒューの命を救った」
 あれはむしろ自分のためにやったんです、とセーラは言いたかったが、口にはしなかった。 そして、もしヒューではなくシドだったら、体の真正面に立ちふさがって救おうとしたかもしれないと思った。
 空にしたパイプを胸ポケットにしまうと、シドはさりげなく訊いた。
「インドへ帰るんだって?」
「ええ、できるだけ早く」
「ヒューが券の手配をして、君の家まで送っていくそうだよ。 まだ怪我が治っていないし、若い女性の一人旅は危険だからね」
 セーラははっとした。 ヒューが帰るのは南アフリカだ。 二週間ほどの船旅ですむはずなのに、セーラをエスコートしてインドまで行くとなると、大変な遠回りになってしまう。
「それではご迷惑だわ。 なんとか一人で帰ります。 ええと、男装でもして」
 シドが低く笑った。
「かわいい男の子になるだろうけど、おとなには見えないからやっぱり駄目だよ。 それより」
 声に優しさが加わった。
「ずっとここにいたら?」


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