表紙
・・・貿易風・・・ 61

 食後、セーラは早めに寝室に引き取った。 男性二人は、話し合うことが多かったらしく、食堂から書斎に場を移して、遅くまで灯りがつきっぱなしだった。

 真夜中過ぎ、セーラはかすかな煙草の匂いで目を覚ました。
 半分寝ぼけたまま、月明かりで時計を見ると、一時半を回っていた。 セーラはよろけながら起き上がり、窓に近づいた。
 庭に黒い影が見えた。 口の付近にときどき蛍のように赤い火が光り、うすぼんやりした煙が立ち昇る。 考えごとをしながらパイプを吸っているらしかった。
 影の形がすらりとしていて、肩幅の広いヒューとは異なっていた。 どうやらシドらしい。 馬車で帰宅するには遅くなりすぎて、離れにでも泊まることにしたのだろう。

 セーラの胸が、不意に音を立てて鳴り始めた。 年末の空気は冷えていて、針のように肺を刺すが、天気は穏やかで風はまったく吹いていなかった。 静かな夜に、壁をへだてているとはいえ、シドと二人きりで目覚めている。 その一体感が、幸せな気分となってセーラをくるみこんだ。

 いつしか、足が勝手に動いていた。 夢の続きのように、セーラはガウンをまとい、肩にショールを巻いて、庭に通じる扉を開けた。 人影は、すぐに振り返った。 淡い月光に浮かんだのは、やはりシドの鋭い顔立ちだった。
 不意にセーラが現れてもそれほど驚かず、シドは低い声で呼びかけた。
「出てきたら寒いよ」
 だが、温かい床から目覚めたばかりのセーラは、まだ染み入る冷気を感じる状態ではなかった。 熱い胸をもてあましながら、彼女は小走りでシドに近づいた。
「今夜はこの屋敷に?」
 パイプを口から外して、シドはうなずいた。
「半時間前まで議論していたものだから、帰るに帰れなくなってね」
「すべてがうまく収まるといいと思います」
 遠慮がちにセーラが言うと、シドは薄く微笑した。
「ダグラスをどうするかは、とりあえず決まった。
 教会の裏側は、アトウッド家の土地なんだ。 だから、あの細長い一帯を教会に寄付して、墓地を外まで広げてもらう」
「それで?」
 セーラにはよく飲み込めなくて、首をかしげた。
「あのまま、お墓にしてしまうということ?」
「いや、違う」
 シドは首をもたげて、黒い空を見上げた。


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