表紙
・・・貿易風・・・ 60

 シドの世話係をしているジェイムソンがコートを持ってきて、三人はその足でケンプ邸へ行くことになった。
 御者のピアリーに聞こえるので、馬車の中では大したことは話せなかった。 昨夜また降った雪が、前の残雪に重なって凍りついている。 ピアリーは慎重に馬を走らせ、七分ほどで屋敷に着いた。

 セーラは喪服のまま夕食の席に出た。 男たちも黒を着ていて、食事は沈んだ空気の中で進んだ。
「ジェニファーおばさんがいないこの家は、まるで抜け殻だな」
 カレイのから揚げを飲み込んだ後で、シドが呟いた。
 シェリー酒のグラスを手に取って、ヒューはゆっくりと答えた。
「僕もすぐローデシアに出発するから、ここはますます、がらんとなるね」
 もう一つ食べようとしていたシドの指が止まった。
「そんなに早く?」
「ああ。 実は、ある人を待たせてあるんだ。 アラベラ・シーモアという女性なんだが」
 そう言いながら、ヒューは目を伏せた。 シドはひどく驚いた様子で、カチャンと音をさせてフォークを置いた。
「婚約者か?」
 ヒューはためらった。
「うん、まあ、そんなようなものだ。 退役軍人の娘さんで、初等学校の教師をしている」
「そうか……そんな人がいたのか」
 シドが気の抜けた声を出した。
 セーラは淡く微笑みを浮かべて、温野菜のサラダを口に運んでいた。 善良で穏やかなヒューは、きっと恋人を大切にするだろう。 彼には幸せになってもらいたかった。 これ以上ごたごたに巻き込まれないためにも。
 気がつくと、ヒューが斜め前の席からこっちを見ていた。
「弁護士のプリーストリーさんに言って、遺言の執行を急いでもらいましょう。 そうすればあなたも自分の道を早く選べるようになる。
 母があなたに贈った贈与金は、遠慮なく受け取ってくださいね」
 たちまち小タマネギが喉につかえた。 セーラはむせそうになりながら、あわてて言った。
「いえ、そんな」
「死者の遺志にそむくつもり?」
 シドがややそっけなく言い返してきた。



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