表紙
・・・貿易風・・・ 58

「それで、シドのところへ話を聞きに行くんですが、あなたも来ませんか?」
 セーラは息を吸い込んだ。 不意に緊張が襲ってきて、喉に塊がつかえたような気がした。
「ええ、できれば」
「そうですよね。 あなたにとっても非常に気になる話だ」
 我が意を得たといった表情で、ヒューは窓から顔を出して御者に行く先の変更を告げた。


 シドの住むアトウッド屋敷は、教会から馬車で五分ほど、だいたいケンプ邸との中間地点にあった。 細長い林に三方を囲まれた、煉瓦造りの暖かい感じのする家で、ゆったりした二階建てだった。
 いつも開けっ放しらしい表門から前庭に入ると、シド自らがテラスに出てきて、先に下りたヒューに手を振った。
「おーい、こっちだ」
 だが、ヒューがセーラを抱き下ろすのを見たとき、その手は力を失って、中途半端にだらりと垂れた。
 向き直ってすぐ、ヒューは真剣な口調でシドに言った。
「この人も話を聞く権利があると思うんだが」
 シドは視線をそらしてうなずき、掃き出し窓を開いて二人を招き入れた。

 布張りの椅子に落ち着いた後、紅茶のカップが配られたところで、シドは肘掛に腕を置いて話し出した。
「タウンゼントは、船員仲間に連絡を取ったところを密告されたんだ。 僕が逢ったときは無精髭ぼうぼうに汚れた服で、だいぶやつれているようだったな」
「それで、条件を呑んだのか?」
 ヒューが早口で尋ねると、シドは間を置いてうなずいた。
「ああ。 訴えを取り下げる代わりに、事件をなかったことにする、という条件は承知した」
 たちまちセーラの頬に血が上った。 事件をなかったことに…… もしかしてそれは、私のためを思ってのことだろうか。
「他に何か言い出したのか?」
 ヒューの声が不安げになった。
「いや……あの男、どこか変だった。 話の最中も上の空で、落ち着きがなくて」
「受け取ったお金は返します」
 セーラは小声で口を挟んだ。 どうしても言わずにはいられなかった。
「私が渡されたお金は、あの人の……タウンゼントさんの貯金から出ていたらしいんです。 一部は使ってしまいましたが、働いて必ず返しますから」
「それはもう」
 シドがぽつりと答えた。
「僕が奴に五百ポンドやったから」



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