表紙
・・・貿易風・・・ 57

 ヒューは、無言でセーラを案内していった。 そこは苔むした石の塀から一ヤードほど離れた場所で、上に大きな糸杉の木が枝を広げ、横にはつつじの株が半分葉を落として、寒そうに縮まっていた。
 十九年の月日は、少年たちの掘った地面をすっかり元の草地に戻していて、ここと指差されなければまったく周りと見分けがつかなかった。
 つつじの枝に凍りついた雪をていねいに払ってから、ヒューは身を起こした。
「この木は、シドが庭の隅から掘ってきて植えたんです。 いつ来てもすぐわかるように、それに春には花が咲いて死者をなぐさめるようにと」
 声が濁った。
「彼と……話し合わなくちゃ。 いつまでも兄をここに置いておくわけにはいきません。 ちゃんと埋葬しなおさないと」
 セーラは、葬儀の花束とは別に作った雪割草の小さなブーケを、つつじの前に置いた。 そして静かに目を閉じ、現世では一度も会ったことのないダグラスの霊に、心の中で語りかけた。
――ありがとう。 あなたですね、馬小屋で私が殺されそうになったとき助けてくれたのは。
 弟さんは、このヒューさんは、あなたそっくりになりました。 トロイ・タウンゼントが見間違えてしまうほど。 立派になったヒューさんを見て、ジェニファーさんはあなたをしのんだことでしょうね――
 首を垂れて横に並んでいたヒューが、はっとした様子で顔を上げた。 そして、あわただしくセーラに問いかけた。
「聞こえましたか?」
「え?」
「声が……今はっきりと、風に乗って」
 セーラは驚かなかった。 自分には全然聞こえなかったことも不思議とは思わなかった。 どうやらセーラは、霊感には縁なく生まれついているらしかった。
「声は何と言ってました?」
 ヒューの頬が短く痙攣した。
「迷うな。 正しい道を進め、と」
 まるで自分に言われているようだと、セーラは思った。


 馬車に揺られて帰宅する道すがら、ヒューが意外な事実ををセーラに語った。
「実は、タウンゼントが逮捕されたんですよ」
 狭く硬い座席の上で、セーラは飛び上がりそうになった。
「逮捕?」
「ええ、それでシドがロンドンへ飛んでいったんです」
 額に並行皺を寄せて、ヒューは声を落とした。


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