表紙
・・・貿易風・・・ 56

 葬儀は、翌々日の午前十時から執り行われた。
 シドは泊りがけで数日前から旅に出ていたそうで、教会の墓地で式が始まり、教区の司祭が祈りを唱えている最中に、ようやく駆けつけてきた。
 セーラは、顔全体を覆った黒いヴェールの下から、肩で息をしているシドをちらっと眺めた。 それだけで胸が苦しく、指の先までかすかな震えが走った。
 参列者は二十人ほどだった。 どさくさに紛れて手紙は出されず、結局アリスは葬儀に間に合わなかった。 急死だったため、たとえ手紙が届いたとしても手後れだったが。

 立派な棺が墓穴に下ろされ、弱い木漏れ日の中で、ゆっくりと土に埋もれていった。 じっとたたずみながら、セーラは心の中でジェニファーに詫びていた。
――ごめんなさい、ジェニファー・ケンプ奥様。 もう天国でダグラスさんに会って、私の嘘がわかってますね。
 悪気はなかったんです。 いつの間にか本当に孫娘みたいな気持ちにさえ、なってました。
 でも当然、嘘はいけないことです。 頂いた喪服、こうやって着ることになってしまいましたが、お屋敷に置いて帰ります。 あのウェディングドレスも――
 そのとき、セーラは気付いた。 もうケンプ家にいなければならない理由はなくなったのだ。 今すぐにでも、インドへ戻れる!

 新しい土の山に花束を置いて、セーラは立ち上がった。 シドは一度も彼女の方を見ず、すでに背中を向けて歩き出していた。
 ヒューが帽子を被り直して、セーラを呼んだ。
「そろそろ帰りましょう。 うちへ」
 うちへ……一段と良心が痛む、その言葉だった。

 セーラはわざとゆっくり歩いた。 横にいるヒューも自然に歩幅を縮め、前を行く会葬者たちの姿が遠ざかっていった。
 そこで立ち止まって、セーラは顔を振り向けた。
「あの」
「はい?」
 ヒューの目がいぶかしげに細まった。 セーラは思い切って尋ねた。
「ダグラスさんは、ここのどこに?」
 ヒューは鋭く息を引いた。


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