表紙
・・・貿易風・・・ 54

 ジェニファーの指示でデスクの引出しから便箋を取り出し、セーラは代理でペンを走らせた。
「……ウィルとオリーにもよろしく、ですね?」
「ええ、暖炉の上に写真があるわ。 左から三つめ。 持ってきてもらえる?」
「はい」
 セーラはすぐ立ち上がって、いかにも写真館で撮ったという感じの、気取ったポーズをした家族写真を下ろしてきた。
 ジェニファーは考えこみながら、椅子に座った女性の両側に立つ子供を見比べた。
「ええと、こっちが半ズボンをはいているからウィロビー、つまりウィルね。 それで、この卵みたいな帽子を被っているのがオリヴィア」
 血はつながらないが、孫になる。 そして真ん中のおそらく金髪の女性はアリス。 背後に立っている男性は、シドの兄であるケイリー……
 ケイリーは、立派な口髭をたくわえていることを除けばシドによく似ていた。 まるで仮装したシドだ。 セーラはその明るく光る眼、しっかりした面立ちからなかなか目を外せなかった。 そして思った。 アリスは義母の愛を貰えなかったかもしれないが、こんな素敵な夫を持てて充分幸せじゃないかと。

 代筆の手紙を書き終わった後、セーラは思い切ってジェニファーに頼んだ。
「この便箋、二枚いただけますか? インドの……友達に手紙を書きたいので」
「ええ、いいわよ。 二枚といわず何枚でも」
 ジェニファーは安心した笑顔になった。
「ホームシックはおさまったようね。 手紙を書くってことは、もうしばらくここにいてくれるのね」
「はい……」
 セーラの声がちょっとかすれた。

 部屋に戻るとすぐ、セーラは凄い勢いで便箋に向かった。 ずっと書きたかった母への便りをようやく出せる。 これまでは、サザンプトンの駅で短い電報を打ち、無事到着したことを知らせただけだった。
 どこで何をしていたか、本当の事情はまだ話せない。 だが、元気でいること、来年中に国へ帰れることは、しっかりと書いた。
 書きながら、また不安感が頭をもたげた。 財産横取り計画はつぶれたし、ケンプ家にかかわる人たちはセーラを許す気でいるらしい。 しかし、トロイが逮捕されたら、少しでも自分の罪を軽くするために、メイヤーやセーラを共犯者だと暴露するかもしれない。 いや、絶対にそう証言するはずだ!
 やっぱり今のうちにこっそり姿を消したほうがいいんしゃないだろうか――書き終わった短い手紙を畳むと、セーラはテーブルに頬杖をつき、ぼんやりと窓の外を眺め始めた。


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