表紙
・・・貿易風・・・ 52

 セーラが困っているのを見てとって、ヒューは笑い止んだ。
「失礼。 あなたのことを笑ったんじゃありません。 ただ、シャルダナ・ラースの子じゃないとわかって、なるほどなと嬉しかったもので」
 セーラは心の中でうなずいた。 トロイの言葉によれば、最初に計画を立てたのはセーラ・ボスレーだったという。 彼女は、自分がダグラスの娘でないことを知っていたはずだ。 だが、財産を奪えるチャンスだと気付いて、ためらわずトロイ達を仲間に入れ、イギリスに乗り込んでこようとしたのだ。 やはり彼女は、金に汚いシャルダナ・ラースの血を引いていた。
「メイヤーさんは、重病のジェニファーさんが孫娘に会いたがっていると言いました。 病人を慰め励ますのはいいことだからと、私を説得しました。
 それで、お宅のご家族についていろいろ覚えさせられたんですが、今考えるといろいろ間違っていたり、表向きのことばかりで」
 ヒューはちょっと皮肉な目になった。
「それはたぶん、犯人たちが情報をセーラ・ボスレー嬢から仕入れたためでしょう。 彼女は、母親のシャルダナから聞いた噂をそのまま話したんだ」
 それならわかる。 ダグラスは誠実で、恋人にも家族の秘密をべらべらとしゃべったりしなかったのだろう。
「じゃ、セーラ・ボスレーさんの父親は、本当にボスレーという人だったんでしょうね」
「多分そうでしょう。 シャルダナの愛人だった男だと思います」
 悔しそうに口を引き結ぶと、ヒューは少しの間考えを整理していた。 セーラはその間、無言で窓の外を眺めていた。 いろんな考えが断片になって頭を巡ったが、一番多く浮かんだのは故郷の母のことだった。
 やがて、ヒューが静かに口を開いた。
「母はベッドから起きられなくなりましたが、頭はしっかりしています。 あなたが乗馬に挑戦して落馬し、腰を打った上に腕をくじいたことにしました。 心配しているので、痛みが消えたら顔を見せてやってください。 喜びますから」
 セーラは眼を伏せた。
「……はい」

 それが昨日の話し合いだった。 真冬にしては暖かい陽射しに顔を向けて、セーラは悩んだ。 ジェニファーの前に出て、芝居を続けられるだろうか。 知らなかったとはいえ、悪者の手先に使われていた自分を、ヒュー達が許してくれたとしても、それに甘えてはいけない気がした。


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