表紙
・・・貿易風・・・ 51

 その日から、セーラは家中にちやほやされ、前以上に大事にされた。 ヒューは次の日も様子を見に来て、新しい雑誌を差し入れ、話し相手になってくれた。
 あれだけの捜索にもかかわらず、トロイはまだ掴まっていないそうだった。 一方、ロンドンに行くと言って出かけていったメイヤーのほうは、とっくに姿をくらましていた。
「あなたが自分たちの思い通りに動く人じゃないと、メイヤー弁護士にはとっくにわかっていたんでしょう。
 だから、仕事でロンドンに行くと嘘をついて、実際はこの近くで様子を探っていた。 彼が鳥打帽で変装してうろうろしているのを、何人かの村人が見かけています。
 トロイは、メイヤーから話を聞いて焦った。 絶対いうことを聞かせてやると乗り込んできたが、やっぱり失敗した」
 セーラは顔を上げられず、ベッドの上で小さくなってうつむいていた。
「あなたの忠告のおかげで無事でした。 窓のところで灯りを動かせって言ってくれましたね」
「ああ、そうでした」
 ヒューはうなずいた。
「ハンフリーに手紙を書いて、頼んでおいたんです。 うまくいってよかった」
「あなたは……本当に親切でした。 初めから偽物とわかっていたのに」
「ええ、まあ。 でも、僕なりに考えたんですよ。 あなたはどう見ても、メイヤーと手を組んでケンプ家の財産を乗っ取りに来たとは思えない。 口のうまい弁護士が、騙して連れてきたに違いないってね」
 セーラの表情が一段と固くなった。
「いえ」
 ヒューの顔が上がった。
「僕の考えすぎですか?」
「そうじゃないんです」
 今では、セーラの声は蚊の鳴く音より小さかった。
「私……確かに財産目当てで来たんじゃありません。 でも、お金は受け取りました。 セーラ・ボスレーになりすましてくれと頼まれて、引き受けました」
 なりすます? と呟いて、ヒューは眼を大きくした。
「じゃ、あなたは」
「ヒューイットといいます。 セーラ・ヒューイット。 本物のセーラ・ボスレーさんは、事故で亡くなったそうです。 馬車にはねられて」

 ヒューは、しばらく無言だった。 判決を待つ囚人のような気持ちで、セーラは体を固くして、彼の言葉を待った。
 やがて、ヒューは手を上げて、頭に持っていった。 そして、明るく笑い出した。
「なんだ! そうだったんですか!」
 彼が子供のような表情で笑いくずれているので、セーラはどうしたらいいかわからなくなった。


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