表紙
・・・貿易風・・・ 42

 ジロッとセーラを睨むと、トロイは噛み付きそうな声を出した。
「だが結局あいつはしくじりやがった。 一緒に住んでた男を捨てて俺と行こうとしたんで、追いかけてきたそいつともみ合いになり、道に突き飛ばされて馬車に轢かれちまった」
 セーラは身震いした。 自分に似た姿が冷たくなって横たわっているところを想像すると、胸が悪くなった。
 だがトロイは、己のことしか考えていなかった。
「ドジな女だぜ。 すべて準備できて、後は船に乗るだけだったのに」
「あなたが乗船券を手配したのね」
「ああ、そうだ。 俺の船にちゃんと来れるようにな」
 トロイの唇が狼のようにまくれ上がった。
「もったいなかったんだよ。 ここまでうまくできた計画を諦めるなんて。 酔っ払って、ダチのメイヤーに愚痴をこぼしていたらな、顔の広いメイヤーが、代役を探してくると言い出したんだ。
世間知らずの小娘なんか、すぐ手懐けられるとメイヤーは言った。 おまえのことだよ、わかってるか? これがまた、とんでもない見込み違いで!
 妙な話だよな。 堅気に育ったセーラ・ボスレーは蓮っ葉な不良娘だった。 だのに、泥棒の親父を持つおまえは、まるで宣教師の娘みたいにカチカチの道徳家で、全然歯が立たない。 プレイボーイの俺としたことが、何てざまだ」
 セーラは背後の柱を手で探って、後ろに回りこんだ。 恐怖の黒い影がじわりと心を染めた。
「私をどうする気?」
 トロイはにやりと笑ったが、目は冷たいままだった。
「どうもしないよ。 ここを出たらすぐ母屋へ行って、やはり財産を貰います、と言えばな」
「言えない!」
 セーラは必死になった。
「ジェニファーさんにはいろんな賢い人たちがついているのよ。 腕のいい弁護士さんとか、元新聞記者とか。 ちょっと調べれば私の正体なんてあっという間にわかってしまうわ!」
「調べさせなければいいんだ」
 トロイは帽子を阿弥陀にずり上げ、面白そうに言った。
「元新聞記者って、あの目の鋭いノッポだろう? あいつなんかチョロいもんじゃないか。 おまえがちょっとウィンクすれば、何もかも捨てて飛んでくるぜ」
「来るわけないでしょう!」
 激怒して、セーラは戸口へ駆け出した。 だがすぐに追いつかれて引き戻された。
 首に大きな手が巻きついた。 容赦なく締めつけながら、トロイはほとんど憎しみを込めて脅しにかかった。
「やれ! さもないと殺すぞ。 どこまでもつけ狙ってぶっ殺してやる!」


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