表紙
・・・貿易風・・・ 40

「差出人は誰?」
 問い掛ける声はわずかに湿っていた。 ジェニファーの部屋の入口に視線を据えたまま、シドは答えた。
「リック・ダイソン。 君を預かっていた近所の者だそうだが」
「知らないわ、そんな人!」
 セーラは声を震わせて叫んだ。 辻褄が合わなくなるかもしれないが、構わなかった。
 シドは首を下げ、下壁の節目をしばらく見つめていてから、ぽつりと言った。
「なるほどね」
 信じたとも、怪しんでいるとも、どちらにも受け取れる口調だった。

 胃に手を入れて掻き回されたような不快感に顔を歪めて、セーラは廊下を急ぎ足で自室へと向かった。 すべてが逆様になったような気がした。
 ジェニファーが孫に会いたくて呼んだのではない。 誰かがセーラをケンプ家に押し付けようとしたのだ。 狙いは、おそらくこの家の莫大な財産……
「不愉快だわ」
 スカートの裾を蹴立てるようにして歩きながら、セーラは無意識に呟いていた。
「誰がそんな危ない綱渡りをするもんですか! メイヤーさんが戻ってきたら、きっぱり言ってやる。 後ろに誰がついてるのか知らないけど、すぐにインドに帰りますって」
 そのとき、不意に横手へぐいっと引き寄せられた。 そして、叫ぶ暇もなく口を大きな手が塞いだ。
 耳のすぐ横に、とげとげしい声が浴びせられた。
「おとなしくついて来い。 逆らうと、これだぞ」
 ウェストの右に固い物が押しつけられた。 短刀ではなく、銃口のようだった。

 そのまま脇の出口から、セーラは引っ張り出された。 二段下りると、殺風景な中庭が広がった。
「歩け。 まっすぐに」
 無言で、セーラは足を進めた。 上着がないので肩が寒い。 しっかり掴んでいる男のほうは、ネイビーブルーの分厚いコートをしっかりと着込んでいた。
 雪の中を歩きながら、セーラは自分でもびっくりしたほど冷静な声で尋ねた。
「タウンゼントさんね?」
 背中を容赦なくぐいぐいと押して、男はセーラを前に前にと行かせた。
「ああ、そうだ。 驚かないようだな」
 確かにそう驚きはなかった。 昨夜突然押し入ってきたとき、セーラにはトロイの本性が見えていた。 それでも今朝の食事に現れなかったのは、さすがに恥じたからかと思っていたが、どうもそうではなく、トロイは開き直って強気に出ることに決めたようだった。



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