表紙
・・・貿易風・・・ 39

 手続はとどこおりなく終わった。 プリーストリーは書類をきちんと鞄に納め、年齢の割には身軽に立ち上がった。
「それでは奥様」
「よろしくお願いしますよ」
「かしこまりました」
 考えてきたことをやり終えて、ジェニファーはほっとした様子で、まだ部屋に残っていたエイダに頼んだ。
「枕を下にずらしてちょうだい。 ちょっと一眠りしたいの」
「はい、奥様」
 急いでセーラも手を貸した。 じきにジェニファーは心地よくベッドに横たわり、丁度いい高さにセットされた枕に頭を埋めた。
「これでいいわ。 ありがとう、セーラ。 明日また話しましょうね」
「おやすみなさい」
 やさしく答えて、セーラは部屋を出た。 すぐにシドも後から出てきた。 そして、廊下を曲がりかけていたセーラに早足で追いついた。
「ねえ、ほんとにインドへ帰るつもりなのかい?」
「ええ」
 何のためらいもなく、セーラは答えた。 するとシドは、少し間を置いた後、声を落として言った。
「もう少しはいるつもりだろう? 実は、ジェニファーさんはもう長くないんだ」

 なんとなく予感はしていた。 だが、他人の口から明言されると、胸がずきりと痛みを覚えた。
「そう……」
「そうなんだ。 もってあと一ヶ月。 医者はそう言ってる」
 セーラは小さく頭を振った。 辛かった。 まるで本物の祖母を失うように。
 シドは言葉を噛み締めるように、いつもよりゆっくりと話を続けた。
「彼女、寂しいんだ。 長男は駆け落ちでいなくなり、長女と次男も外国へ行ってしまって。 それでもダグに会える希望があるうちはまだよかった。 あんな手紙が送りつけられるまでは、比較的元気に過ごしていたんだが」
「あんな手紙?」
 シドはセーラから目をそらして、今出てきた寝室の方角に視線を投げた。
「そうだ。 ダグラスが急死して、一人娘がよるべない身の上になったからぜひ引き取ってくれという、あの心ない手紙さ」

 緊張感が、ひやっとした感触を伴って大波のように戻ってきた。 メイヤー弁護士の話とはまったく違う手紙の内容を、セーラは激しい驚きと共に受け止めた。



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