表紙
・・・貿易風・・・ 35

 風は翌朝まで吹き荒れ、オーク館の人々の安眠を妨げた。 しかし、七時過ぎにはぴたっと止み、太陽が弱いながらも明るい光を送りこんできて、平原の雪をなおいっそう輝かせた。
 九時少し前、セーラはハンフリーに呼ばれて、ジェニファーの寝室へ行った。 ジェニファーはフリルのついたナイトキャップと鉤針編みのショールをまとって、『赤頭巾ちゃん』の挿絵にあるおばあさんのようだった。
 ジェニファーが老けて、年相応に見えたのは初めてだった。 体の元気は少し戻ったようだが、だいぶ気力が失せているようだと、セーラは心配になった。
 それでもセーラを見ると、ジェニファーは笑顔になって手招きした。
「こっちへいらっしゃい。 もうじきシドが来るから、それまで水入らずでお話しましょう」

「インドでは幸せだった?」
 最初にそう尋ねられて、セーラは少し考えてしまった。
「どうでしょう。 幸せなときも、そうでないときもありました」
「それはそうよね。 年中楽しくて望みの叶いっぱなしの生活なんて、ないもの」
 細かい皺の寄った手が、毛布を撫でつけた。
「でもダグラスが生きているときは、幸福だったでしょう?」
「はい」
 実の父を思い浮かべて、セーラはきっぱり答えた。 欲張りすぎて道を踏み外した父だが、彼は妻を深く愛し、娘を心から可愛がってくれた。
 ジェニファーは手を伸ばして、セーラの腕に軽く触れた。
「やっとめぐり逢えたけど、私が死ねばまたあなたは孤児に戻ってしまう。 いろんなごたごたに巻き込まれては、あまりにも可哀相。 だからね……」
 ドアが静かに開き、ハンフリーが顔を出した。
「失礼します。 シド様とプリーストリー様がおいでで」
「すぐに通してちょうだい」
「はい」
 ハンフリーが恭しく引っ込むと、代わりにシドともう一人、長いコートを着たいかめしい顔の老人が部屋に入ってきた。


表紙 目次文頭前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送