表紙
・・・貿易風・・・ 34

 鍵をきっちりかけ、二度閉まり具合を確かめた後、セーラは窓に寄って、ランプをかかげて外を眺めた。
 そこには、表の道へ続く前庭が広がっており、右手には離れの黒いシルエットが見えた。 やがてその一室に灯りがついて、トロイが部屋に戻ったことを知らせた。

 ランプを枕元に置いて、セーラは考えた。 窓の灯りで合図しろと言ったのはいったい……
 揺れる帆と波のしぶき、マストに舞うカモメが脳裏をよぎった。 潮風の匂いまでが現実のようになまなましく鼻をついた。
「そうだ、トラヴァースさん……ヒース・トラヴァースの言葉だった」
 別れ際に、ふと彼が口にした不思議な忠告。 まるでこうなるとわかっていたかのように。
「でも、そんなはずない。 第一、トラヴァースさんは」
 鉱山技師のヒース。 いつも穏やかで、ちょっと皮肉な視線の持ち主だった。 たまたま同じ船に乗り合わせただけの、行きずりの人…… でも、本当にそうだったのか?

 遠い丘陵地帯から突風が吹き下りてきて、窓をカタカタと揺らした。 寒さで指がよく動かないのに気付いて、セーラは毛織のショールを取り、上半身に巻きつけた。 だが、まだベッドには入らず、部屋の中をぐるぐると歩き回り始めた。
 ヒースは何者だったんだろう。 最初に思いついたのは、探偵、という仕事だった。 孫娘が遠いインドから訪れると聞いて、ジェニファー夫人が調査のために……
 いや、そんな時間はなかったはずだ。 たとえ電報でインドの探偵社に頼んだとしても、セーラがメイヤー弁護士に言われてこの役を引き受けてから出発までたった二週間。 いつ出発のどの船に乗るか、どんなに急いで調べても数日はかかるはずだ。 その後乗船券を手に入れるのは至難の業だ。
 特別なルートがあったのだろうか。 金を使って船員を買収するとか? でも、そこまでやるならジェニファーはもう少し『孫娘』に警戒心を持つはずだが。

「シドさんかも」
 そう思いついたとたん、確信に近いものが芽生えた。 元新聞記者で海外特派員だったシドなら、各国に手配できるだろう。 インドには行ったことがないと語ってはいたが、嘘かもしれないし。
 ヒース・トラヴァースが何者であるにしろ、彼はセーラが危険に巻き込まれることを前もって予測できたのだ。 そして、仏心を出して、守ってやろうと考えたにちがいない。
 なぜ!
 頭痛がするほど考えても、答えは見つからなかった。



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