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・・・貿易風・・・ 31

 昼食を終えた後、居間に移って、大きな暖炉のそばで一ヶ月遅れのレディース・ジャーナルを読んでいたセーラは、玄関がにぎやかになったので、何気なく顔を上げた。
 ハンフリーが急いで入ってきて、セーラに尋ねた。
「失礼します。 タウンゼント様という方が見えていますが」
 タウンゼント? もしかしてトロイのことだろうか。 びっくりして腰を上げながら、セーラは念のためハンフリーに尋ねた。
「背が高くて日焼けした顔の若い男の人?」
「その通りです」
 やはりトロイだ。 それにしてもサザンプトンから遠く離れたこの地まで何の用で……
 ハンフリーは踵を返して迎えに行き、間もなく紺色のコート姿のトロイを伴って戻ってきた。
「セーラ様はこちらに」
「ありがとう」
 潮風で鍛えられた声で、トロイは陽気に答え、すぐセーラに向き直った。
「やあ、セーラさん、元気そうだ。 ここは素敵なお屋敷ですね」
 立ち上がったものの、どう反応していいかわからず、セーラはぎこちない笑顔を作った。
「いらっしゃい。 こんなに遠くまでわざわざ?」
「いやあ、リーズに友達がいましてね。 昨夜一緒に騒いだあと、急にあなたに会いたくなって」
 大声がびんびん耳に響く。 トロイには、遮るもののない大海のほうが、田舎の静かな屋敷より似合うようだった。
 それでも、若くハンサムな男性が、雪の中をこんな郊外まで尋ねてきてくれたのは嬉しかった。 友達も、たぶんジェニファー以外には味方もいないこの土地に、トロイは客船での楽しい日々を持ち込んでくれたのだ。
「おすわりになって」
「じゃ、遠慮なく」
 オーシャンブルーの眼を輝かせて、トロイは猫足の椅子に腰かけ、長い足を組んだ。

 ふたりはしばらく思い出話に花を咲かせた。 トロイは次の出航まで半月の休暇をもらい、ロンドンで二日ほど遊んで、それから知り合いの船にリヴァプールまで乗せてもらい、後は陸路でここまで来たそうだった。
「雪が凍る前に馬車を雇えてよかった。 前もって電報でも打とうかなと思ったんですが、それではあまりにも大げさで、このお宅の方々を驚かせてしまうかと思って」
 いかにも猪突猛進型の若者らしく、トロイは楽しげに言った。



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