| ・・・貿易風・・・ 28 |
雪のついたスカートを気にしながら、セーラはぎこちなく答えた。
「教会まで一人で行けなかったものだから」
「馬車に乗せてってあげればよかったな。 思いつかなかった」
毛の手袋についた雪をはたくと、シドは言葉を継いだ。
「これからしばらくここにいるんだろう? そうなると雪を新鮮に感じるのは今日だけだ。 感激なんてすぐ薄れちゃうものだからさ。 遠慮なしに遊びなさい。 なんなら鼻に刺す人参もらってきてやるよ」
からかう口調だった。 しかし、今までの棘はあまり感じられなかった。
ほぼ球形の雪球を撫でて、セーラは真面目に答えた。
「いいえ、私はもうじきインドに帰ります」
シドの表情がわずかに変化した。
「帰る?」
「ええ」
セーラは手をかざして、縁が灰色の空と溶け合う色になった平原を見渡した。
「どっちが東ですか?」
「ああ、あっちだ」
それは、低い山が連なる方向だった。 故郷はあの山の遥か彼方。 セーラは激しくまばたきして、睫毛に載った涙のかけらを払い落とした。
「お祖母様が私に会って元気を取り戻してくれたら、それでもういいわけだから。 本当のことを言うと、ちょっとホームシックなんです。 メイヤーさんが戻ってきたら、いつインドに帰れるのか訊いてみます」
大きく息を吸い込んで胸を膨らませ、それからシドはフウッといちどきに吐いた。
「この屋敷をどう思う?」
「古風で、しっかりしていて、上品」
セーラは思ったままを答えた。
「廊下を歩くと、不思議な気分になるんです。 昔の世界にさまよいこんだみたいな。 袖のふくらんだ錦織の上着をまとった男の人が柱に寄りかかっていたり、ガウンのすそを長く引いた女の人が泣きながら走っていったりすることが、今にも起きそう」
「本当にいるんだよ、幽霊が」
シドは事もなげに言った。
「あの道をずっと行くと、古い馬屋に出る。 今はもう使ってないが、あそこには言い伝えがあってね。 若い男が梁にロープをかけて、だらんとぶら下がっている姿が見えるんだと」
悪趣味な冗談なんだろうか。 それとも旧家にありがちな怪奇現象? シドのすました顔からはどちらとも判断がつかなくて、セーラは答えに詰まった。
すると、いきなりシドは長身をかがめて雪を一握りすくい取り、軽くセーラに向かって投げた。 雪玉はスカートの中頃に当たって白くはじけた。
びっくりしたセーラに、シドは明るく笑いかけた。
「雪合戦って知らない? こうやって手のひらで固めて投げ合うんだ」
たちまちセーラの顔がいたずらそうに輝いた。 まだ十代の娘だから、遊び心はたっぷり持っている。 すぐに近くの柵から雪を取って団子を作り、慣れない手つきでシドめがけて投げ返した。
庭を駈け回って足跡だらけにしている二人を、カーテンの後ろからジェニファーが眺めていた。 口元には淡い微笑が浮かび、目は久しぶりに活き活きした感情を取り戻していた。
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