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・・・貿易風・・・ 27

 翌朝、妙に窓が明るくて、目にしみるようだった。 
 なんだか二の腕が痛い。 ぎくしゃくと起き上がったセーラは、昨日ジェニファーの車椅子を押したことを思い出した。
 けっこう力を使ったんだわ、と思いながら何気なく外を見て、セーラは目をぱちくりさせた。
 外の世界は、真っ白だった。 地面も立ち木も、向かいの建物の屋根も、ペンキで塗りたくったように白一色だ。 セーラが飛びつくように窓辺に立つと、息でガラスが丸く曇った。

すごい!――窓枠に両肘をついて手に顎を載せ、セーラは時を忘れて銀色の景色に見とれた。 絵本の挿絵で見たことはあるが、実際の雪は絵より何倍も美しく、かすかに光を放っていて、神秘的でさえあった。

 朝食の席は寂しかった。 メイヤーがいないし、シドは自宅、ジェニファーは寒さが体に悪いため寝室で暖かくしていた。
 しかし、誰もいないということは、それだけ自由に振舞えるということでもある。 手早くハムエッグを食べ終わると、セーラは厚手の下着代わりにブラウスを二枚着込み、さらにセーターとコートを重ねて、マーサ夫人から貰った手袋をしっかりと嵌め、胸をときめかせながら庭に出た。

 まだ誰も通っていない雪は、セーラが踏むと少しへこみ、キュッキュッという小さな音を立てた。 地表はしんしんと冷たかったが、幸い風はなく、とことこ歩き回っても頬が吹きさらされる心配はなかった。
 雪だるま…… 確かそう呼ぶひょうたん型の雪人形が、童話の本の表紙についていた。 あれをぜひ作ってみたい。 セーラはさっそくかがみこんで、七センチほど積もった雪を両手で掻き集めにかかった。
 五分ほど地面を這い回って、セーラはがっかりして額に浮いた汗をぬぐった。 どうまとめても雪は三角の山になるだけで、本で見たようなきれいな丸い形を取ってくれない。 おまけに下の土がついてきて、薄鼠色の汚らしい土手のようになってしまった。
 痛む腰を伸ばして立ち上がると、セーラは小声で呟いた。
「あんな絵、嘘だわ。 どうやったって丸くなんか……」
「教会の礼拝に来なかったな?」
 不意に横合いから声が聞こえて、セーラは兎のように飛び上がった。 するとすぐ、男が並びかけてきた。 くるくると雪球を転がしている。 真っ白できれいな球は、セーラの腰の辺りまで届くほど大きくなっていた。
 そうか、こうやって作るのか!――やっとわかって目を輝かせたセーラは、その雪球を寄せてきたのがシドだと知って、二重に驚いた。
 大きな雪球を木の下まで持っていくと、シドはマフラーを首に巻き直してセーラの横へ戻ってきた。
「どうした。 やり方がわかったんだから、頭にするほうの球を自分で作ってごらんよ」
「ええ」
 セーラはぎこちなく答えた。 珍しくシドが笑顔なのが眩しかった。
 


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