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・・・貿易風・・・ 26

 子供がいないから賑やかにはしゃぐこともなく、クリスマスの夜は静かに過ぎていった。 ジェニファーはセーラにいくつか用事を頼んで、なんとかヤドリギの下に誘導しようとしたが、そのたびにセーラはうまくすり抜けてしまった。
 ヤドリギの下に行くと、キスされるという風習がある。 似たような年頃のマット・ワージーとセーラが仲よくなればいいと、ジェニファーは望んでいるようだった。

 結局何も起こらず、マットはシドの馬車で一緒に帰っていった。 二人の男性、特に鋭い目をしたシドが気詰まりだったセーラはほっとして、思い切って申し出てみた。
「お祖母さま、椅子を押しましょうか?」
 驚いて、しかし嬉しそうに、ジェニファーは声を上げた。
「私けっこう重いわよ。 押せる?」
「ええ、たぶん」
 後ろに回って試しに力を入れてみると、上等な車椅子は思ったよりたやすく動いた。
 長い廊下を移動していく間、ジェニファーは両側の部屋について様々な逸話を語ってくれた。
「この部屋はね、先代のアンブローズ・ケンプがビリヤード・ルームにしようとして改装したんだけど、どうやっても玉突きがうまくならなくてね、癇癪を起こして台の脚をのこぎりで切ってしまったの。 そしたら、子供しか遊べない低さになってしまってね」
「そうそう、こっちの部屋は革命騒ぎのときに円頭派の一味から逃れるためにウィル・ケンプが隠れ住んだところよ。 円頭派を知ってる? 罰当たりなクロムウェルの部下たち。 気の毒に、召使たちは全部逃げてしまい、ウィルは鍵をかけて閉じこもっているうちに忘れられて、部下の一人が探し当てたときは骨と皮でね、なんとか生きていたのは二本持ち込んでいたスコッチウィスキーのおかげで、だからぐでんぐでんだったって」

 古い家は何て面白いんだろう。 いろんな人が住み、いろんなことが起きて、次々と代が変わっていく。 うらやましいような、ちょっと怖いような不思議な気持ちで、セーラは晩餐会で陽気になったジェニファーを無事寝室へ送り届け、廊下をゆっくりと戻っていった。
 道すがら、両側の部屋が前とは違って見えた。 ただの無機質な建造物ではなく、過ぎ去った人々の呼吸が聞こえてくるような身近な空間に思えた。


 夜着に換えた後、セーラはいつものようにベッド横にひざまずき、故郷の母が無事でありますようにと、神に祈った。 そのうち足元が冷たくなってきたので、急いでベッドに這い上がった。
「明日の朝はすごく寒そうね」
 冬用の下着をどこかで買えないだろうかと悩みながら、パーティーの気疲れであっという間に、セーラは眠りに落ちた。
 


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