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・・・貿易風・・・ 25

 セーラの手を取って軽く握ると、ジェニファーはしみじみと言った。
「夫はいい人だったけど頑固者でもあった。 そのために、長男のダグラスは結婚を許されずに駆け落ちし、次男のヒューはローデシアに去っていった。
 その夫もいまはお墓の下で、私は一人ぼっち。 寂しいのよ」
 ジェニファーの手は柔らかく暖かかったが、いかにも力がなかった。 弱っているのは確かなようだった。
 母を老いたジェニファーに重ねて、セーラは衝動的に首を伸ばしてその頬に唇を置いた。
「安心なさって。 これからは私がお傍にいます」

 翌日はクリスマスイヴだった。 去年は夫の死で喪に服していて、行事は何も行なわれなかったらしいが、今年はかわいい孫のためにと、ジェニファーは使用人たちに命じて、ブディングやパイ、鵞鳥の丸焼きなどを作らせた。
 晩餐にはシドと、それから隣りの荘園のマット・ワージーという青年が招待されていた。
 マットは物静かな落ち着いた若者で、いかにも大人に気に入られそうなちょっと古風な言葉遣いをした。
 ジェニファーも車椅子で食堂に現れ、少しミートパイを口にした。
「おいしくできたとジャネットに言っておいて」
「ありがとうございます、奥様」
 パイが下げられると、いよいよデザートのブディングが出てきた。 食べると中に小さな陶器の人形が入っていて、これからの運勢を占うのだ。
 最初に手を止めて変な顔をしたのは、シドだった。
「う、危うく飲み込むところだった」
 皿に並べられたのは、小さなピンクの物体……
「ブタだわ」
 ジェニファーが笑い出した。
「気の毒に。 来年はあまりいいことがないかもね」
 馬鹿馬鹿しい、という顔で、シドは陶器のブタを皿の端へ追いやった。
 やがてマットにもお告げがあった。
「羊飼いの女の子? おめでとう、彼女が見つかる前兆ね」
「そんなこと」
 純情らしいマットは、耳まで赤くなって、プディングを食べるのに集中した。
 もっとも運勢のいい王様を引いたのは、セーラだった。 ずんぐりした人形を眺めて、セーラは嬉しくなって微笑んだ。
「まあ可愛い」
「インドじゃクリスマスには何を食べる?」
 シドがぶしつけに訊いた。 セーラは父が監獄に入る前の日々を思い出して、短く答えた。
「うちはライスプディングとサフランケーキ」
「シャルダナはメレンゲが好きだったよ。 昔一緒に食事したことがある」
 セーラは答えなかった。 これも罠かもしれないから。
 


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