表紙へ行く
・・・貿易風・・・ 22

 笑顔のまま、ジェニファーはようやく青年紳士を紹介してくれた。
「この人はね、シドニー・アトウッド。 お父様から聞いた?」
「いいえ」
 無理に押し出した声で、セーラは答えた。
「父は英国時代の話はしてくれませんでした」
「そうなの。 じゃ、シドとの続柄は知らないわね。 シドはあなたのお父様ダクラスの姉アリスが結婚したフランク・アトウッドの弟なの」
 伯母の夫の弟――姻戚関係はあるが、血はまったく繋がっていないわけだ。 とまどったセーラの表情を見てとったのだろう。 シドは自分から手短に説明した。
「近所に住んでいて、ダグと仲が良かった」
 つまり、友達としてこの場に同席したらしかった。

「さあ、固くなってないで、そこにお座りなさい」
 セーラと、そしてメイヤーも座ると、すぐに紅茶が運ばれてきた。 シドが香りをかいで、すぐ言った。
「ダージリンだ。 ダグもこれが好きだった。 向こうでもよく飲んでいた?」
 口を開きかけて、セーラは危うく思い出した。
「いいえ、父はアッサム・ティーが好物でした」
「へえ、好みが変わったんだな」
 平然と切り返して、シドは上品に紅茶を口にふくんだ。 セーラも一口飲み、ちょっと薄すぎると思った。

 頃合を見計らって、メイヤーが鞄の留め金を開け、中から銀色の懐中時計を取り出した。
「どちらかこの時計に見覚えは?」
 時計はまずシドが手に取り、すぐにジェニファー夫人に渡されたが、二人とも首を振って否定した。 また受け取ると、メイヤーはパチンと蓋を開いて、裏にはめこまれた写真を見せた。
「そうですか。 これがシャルダナ夫人とこのお嬢さんです。 ダクラス氏はこれを肌身離さず持ち歩いていたようです」
 写真を穴があくほど見つめた後、シドが不機嫌そうに呟いた。
「確かにシャルダナ・ラースだ」

 長旅で疲れただろうとジェニファー夫人が気遣い、セーラは部屋に案内されることになった。 弁護士のメイヤーにも客室が用意されていた。
 ジェニファー夫人は喜んでくれたようだが、抱き合うでもなく、感激の対面という空気ではなかった。 イギリス本土の人ってみんなこんなに冷静なんだろうか、といぶかりながら、セーラはメイヤーと前後して部屋を出た。
 ドアを閉めたとたん、メイヤーの囁き声が耳のすぐ傍で聞こえた。
「うまくやりましたね。 紅茶の種類でかまをかけたんですよ、あの男は。 ちゃんと好物を覚えていてくれて、よかった」


表紙 目次文頭前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送