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・・・貿易風・・・ 21

 中はとても暖かかった。 隅から隅まで暖房が行き届いているのは、おそらく心臓の悪いジェニファー夫人が寒気で発作を起こさないようにしてあるのだと思われた。
 執事が案内していったのは、玄関の脇にある落ち着いた部屋だった。 先に入ったセーラは、ジェニファー夫人が一人ではなかったので驚いた。
 暖炉の斜め前に座り心地のよさそうな椅子を置いて、銀髪の婦人が座っていた。 肩には黒いショール、膝にはチェックの膝掛けを巻いているが、整った顔立ちとまっすぐな姿勢は、とても七十を過ぎているようには見えなかった。
 マントルピースの横には、男が立って、軽く背中を寄りかからせていた。 手足の長い優雅な体型で、年頃はおそらく三十代。 きりっとした顔立ちが賢そうだった。

 執事が呟くように紹介した。
「セーラ様と、弁護士のメイヤー様です」
 じっとセーラを観察していたジェニファー夫人の顔に、静かな微笑みが広がった。
「いらっしゃい、セーラ。 私はジェニファー。 あなたの父親ダグラス・ケンプの母よ」
 控えめな中にも、心から歓迎する響きがあった。 その声を聞いたとき、セーラは初めて罪の意識を味わった。
――私はこの上品な人の孫じゃない。 そう名乗るのは、この人を騙すことだ――
 入口近くに立ったまま、緊張で怖いほどの表情をしているセーラに、メイヤーはかすかな苛立ちの眼差しを投げた。 そして背後から進み出て説明を行なった。
「慣れない環境に戸惑っているんです。 向こうではダグラスさんは別名を名乗っていらしたので」
「いったい何と?」
 それまで黙っていたマントルピース横の男が、素早く尋ねた。 メイヤーはそちらに向き直って答えた。
「ボスレー。 モーガン・ボスレーとシャルダナ・ボスレー夫妻が、このお嬢さんのご両親です」
「はあ、なるほど」
 冷たい声が返ってきた。 どうもこちらに敵意を持っているようだが、なぜ紹介されないのだろうと、セーラは不思議だった。
 ジェニファー夫人は、セーラを優しい眼で見ていた。
「ねえ、シド。 この子、ダクラスに似てるわね」
 シドと呼ばれた男は、まっすぐセーラの目を見据えながら答えた。
「確かにそうですね」
 だから何だ、という風に聞こえて、セーラはますます固くなった。


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