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・・・貿易風・・・ 20

 ヨークからセーラとメイヤーは馬車に乗って西へ進んだ。
 真冬で、景色は荒涼としていた。 ゆるやかに曲がる道筋の横には、どこまでも灰緑色の野原が続いている。 ところどころ石灰石の石垣が気まぐれな線を描いて区切っているだけで、人っ子ひとり見えなかった。
 窓から遠方をすかし見て、セーラは弁護士に尋ねた。
「あの丘の上が白くなっているのは何ですか?」
 ちらっと眺めた後、メイヤーは短く答えた。
「雪でしょう」
 雪! セーラの鼓動が速くなった。 高地には雪が積もっているのだ。 そのうち下の地面にも降り注ぐだろう。 初めて、真っ白な氷の粒が空から落ちてくるという不思議な光景を見ることができる。 子供時代に帰ったようにわくわくした。

 四マイルほど行ったところで、馬車はがっしりした石の門柱の間に吸い込まれるように入っていった。 門柱の上に地球をかたどった丸い球が飾ってあるのを、セーラは横目に見て通り過ぎた。
 建物は重厚な三階建てだったが、玄関は思ったほど大きくなかった。 メイヤーがセーラに手を貸して馬車から下ろすのとほぼ同時に、樫の一枚板で作られた扉が開き、黒っぽい服をきちんと着た無表情な男が現れた。
「セーラ・ケンプ様と弁護士のサイラス・メイヤー様ですか?」
 堅苦しい口調だった。 よく訓練された執事らしい。 メイヤーは、やや緊張した面持ちでその男に近づいた。
「そうだ。 大奥様のジェニファーさんの具合はいかがかな?」
「お変わりありません。 よくも悪くも」
機械のような声に、初めてかすかな哀しみが感じ取れた。 この執事は大奥様を大切に思っているのだと悟らせる響きだった。
 メイヤーも厳しい表情を作った。
「それではすぐにお目にかかることは難しいだろうか」
「いえ」
 きっぱりと否定して、執事は二人が通れるように横へどいた。
「お手紙を頂いて以来、ずっと楽しみになさっていました。 興奮させなければ大丈夫だとお医者様のコーウェンさんも言っておられますし。 さあ、どうぞお入りください」
 雪を期待したときとは別の動悸を感じながら、セーラはゆっくりと重厚な玄関に足を踏み入れた。


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