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・・・貿易風・・・ 14

 そのとき、一段と大きい波が襲いかかった。 へさきに白いしぶきが砕け散るのが目に入ったとたん、船は大きく傾き、セーラはたたらを踏んで甲板の端にぐっと押し出された。
「危ない!」
 とっさにヒースが腕を伸ばしてセーラの腰を強く引き寄せた。 もう片方の腕はマストに上がる梯子をしっかり握りしめていた。
 二人の体が強く当たった。 反動で船が反対側にかしいだため、セーラはヒース共々船室の壁にぶつかる形になり、一瞬息が止まった。
「大丈夫ですか?」
 できるだけ腕を回して庇いながら、ヒースが心配そうに尋ねた。 その優しい声音に、セーラは突然涙ぐみそうになった。
 いけない、気が弱くなってる――しっかりして、と自分を叱ると、セーラは無理に声を張って答えた。
「平気です」
 だがその声は、自分でもやるせないほど頼りなく聞こえた。

 揺れが小さくなってきた。 ヒースは体を離し、礼儀正しく詫びた。
「ゲーム室に行こうなんて言わなきゃかったですね。 すみません」
「いえ」
 気を取り直して、セーラは明るく首を振った。
「行きましょう。 トランプ教えてくださいな。 できればひとり遊びも。 部屋にいると退屈で仕方がないんです」
「じゃ、そうしますか」
 ヒースも陽気になって、二人は歩き出した。


 大しけの後は、比較的順調な航海が続いた。 セーラは七並べやブラックジャックといった簡単なゲームをいくつかヒースに教えてもらい、仲よくなった貿易商のレンドラー夫妻を交えて四人で遊んだ。
 マーサ夫人はよく笑う可愛らしい女性だったが、見かけによらず負けず嫌いで、何度も勝ちを逃すと我慢できなくなるらしく、カードを膝の上でこっそり取り替えたり夫の手をちらっと覗いたりし始めた。 セーラとヒースは知らないふりをしていたが、さすがに夫のウィリアムは口を尖らせてたしなめた。
「マーサ、子供みたいな真似はよしなさい。 そんなに悪い手ばかり回ってくるなら、わたしの手と取り替えてあげるから」
 天井に目をやって、マーサはとぼけた。
「あら何のこと? それよりあなた、スペードの八を出しそこねてるわよ」
「だから覗くなって」
 苦々しい顔でぼやくウィリアムに、ヒースがさりげなく助け舟を出した。
「これは内輪の遊びですから。 ブリッジのように厳しく考えることはないですよ」
 セーラはにこにこしていた。 故郷の母を思い出したのだ。 ジャナもゲームは苦手で、そのくせ負けず嫌いで、ババ抜きしている最中にすぐ首を伸ばして人の手を見ようとするのだった。

 四人が仲良しグループになってしまったので、セーラに近づきたい二等航海士のトロイは、入り込む隙がなくなって当惑していた。 わざとしているのではないかと思うほど、ヒースはいつもセーラの傍にたむろしていた。
「あの髭野郎、海に放り込んでやろうか」
 思わずそんな独り言が口をついて出るほど、トロイは焦り出していた。


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