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・・・貿易風・・・ 13

 ふたりがのんびりと連れ立って戻ってきたとき、船はほぼ荷揚げを終え、出港の準備に入っていた。
「よかった。 丁度間に合ったみたいですよ」
「ええ」
「街は楽しかったですか?」
 右の甲板から陽気な声がかかった。 白から細いストライプのシャツに着替えたトロイ航海士だった。
 見上げると西日が目に入るので、眩しそうに細めて、ヒースが答えた。
「いや、公園の木の下で涼んでいただけなんですよ。 暑すぎて」
「そうですね、我々英国人にはこの気候はどうも。 フライパンで煮られているようだ」
 ヒースは笑い、セーラの手を取って軽々と揺れるタラップを上がった。

 その日、船はいよいよインド亜大陸を離れ、広大なアジアを西へ西へと移動する海の道をたどり始めた。
 二日後に、しけが襲ってきた。 波は船を押し上げては落とし、揺さぶり、巻き込んでは突き放した。
 幸い、揺れには強い体質らしく、セーラは相当振り回されても酔わなかったが、弁護士のメイヤーはそうはいかなかった。 よろめきながら甲板に上がってもどすこと三回、遂には狭い寝室で唸っていて出てこなくなった。

 セーラは自分の体調よりも船が心配だった。 海面が斜めに見えるほど揺れると、このまま傾いて沈没してしまうんじゃないかと不安になる。 食堂のドアに掴まって、灰色の雲が千切れ飛ぶ空と逆巻く海を交互に眺めていたとき、場違いなほど元気な声が近づいてきた。
「やあ、しっかりしてますね。 食事できましたか?」
 ヒースの声だった。 振り向く前からわかったので、セーラは笑顔になっていた。
「ええ、トーストとジャムだけですけど」
「それだけ食べられれば十分」
 横に並んだヒースは、狭い戸口から身をかがめるようにして外を覗いた。
「後、半時間ですね」
「え?」
「そろそろピークを過ぎる。 嵐はね、行ってしまえば嘘のように日が射してきて、穏やかそのものになるんですよ。 あと少しの辛抱だ」
 それから、茶目っ気のある表情になってセーラと目を合わせた。
「いつも話す乗客の人たちがみんな消えちゃって退屈でしょう。 トランプでもしませんか?」
 旅なれた口調に、セーラは気持ちがなごんだ。 そう言えば、ヒースがあわてているところをこれまで見たことがない。 彼はいつも穏やかで、のんびりしていた。
「トランプ?」
「ええ、バックギャモンやチェスでもいいんだけど、この揺れでは駒がどこかへ飛んでいっちゃいますからね」
 テーブルからポーンやナイトが飛び散る様を想像して、セーラは笑いたくなった。
「私、あまりゲームを知らないんです」
「教えてあげますよ。 簡単です。 さあ、行きましょう」
 気軽にうながされて、セーラは壁を用心深く伝いながらゲーム室へ移動した。


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