| ・・・貿易風・・・ 12 |
港は埃と喧騒にあふれていた。 作業監督が怒鳴りちらす命令に従って、腰に布を巻きつけた人夫たちがけだるそうに右へ左へと動き、雑多な荷物を積み上げていく。 飛び散る汗と哀しげな目が何ともいえない圧迫感を感じさせて、セーラはたじろいだ。
例のよれよれ帽子を被りなおしながら、トラヴァースがのんびりと言った。
「この分だと荷揚げはまだしばらくかかりそうだ。 向こうでサイダーを売ってましたから、飲みに行きませんか?」
それは薄い果実酒で、素焼きの壷に入れて気化熱で冷やし、一杯三ルピーほどで売っているものだ。 インド育ちのセーラはよく知っていて、聞いただけで口の中に味の思い出が広がった。
「ええ、ご一緒します」
「それでは」
トラヴァースが腕を差し出したので、セーラはその腕に軽く掴まり、身軽に歩き出した。 太縄を編み上げた起重機の横で点検していたトロイの、あっけに取られた眼差しが頬に熱かった。
「あのハンサムな航海士くんと約束を?」
歩幅を合わせて歩きながら、トラヴァースが尋ねた。 セーラは笑って首を振った。
「いいえ。 優しくしてくれますが、あまり本気に取らないようにしてます。 だって船員さんは港々に女ありなんでしょう?」
「さあ、僕に訊かれても」
トラヴァースは無骨な相好を崩し、丈夫そうな歯を見せた。
「あ、あそこです。 あの屋台」
そこには既に何人もたむろして順番を待っていた。 太めだが素早く動く中年の女が、次々と金を受け取ってはブリキのコップに飲み物を入れて渡している。 その素早い動作は芸術的とも言えるものだった。
サロンやカフェに行かなくても、こういう庶民の店で買うのが平気らしく、トラヴァースはさっと並んで二つ貰い、セーラを伴って木陰に行った。
根元には、涼しい場所をよく知っている野良犬が寝ていた。 二人が近づくと尻尾を巻いて逃げる準備をしたが、トラヴァースが追いはらわないのに気付くと安心してまたダラッと横たわり、目を閉じた。
犬の腹がゆったりと上下に動くのを見やって、トラヴァースは思い出したようだった。
「うちの田舎じゃ暖炉の前にこんな風に犬が寝そべっていて、小さいときは一緒に寝たりしたものですよ」
「そうですか。 トラヴァースさんの田舎ってどこです?」
むらのない栗色で、これだけは文句なく美しいトラヴァースの眼が、セーラの青い眼にぴたりと合った。
「ヒースと呼んでください。 故郷はデヴォン州です。 景色のいい海辺でね」
デヴォン……学校で習った地図を思い出して、セーラは歌のように口ずさんだ。
「エクセター、トーキー、プリマス」
「港町をよく知ってますね」
ヒース・トラヴァースは感心した。
「インドから出たことがないそうですが、英国に憧れていたんですか?」
「いいえ」
セーラの額がわずかに曇った。
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