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・・・貿易風・・・ 4

 喫茶店に落ち着くと、メイヤーは持っていた茶色い鞄の中から大きめの紙袋を取り出した。
「この中に、ケンプ一族、特にあなたの父親ということになるダグラス・ウィルマー・ケンプの経歴が詳しく書いてあります。 それに一族の写真も。
 ざっと目を通しておいてください。 そんなに急いで覚える必要はないです。 船旅は長いですからね。 時間は充分あります」
 それから彼は支度金として、五十ポンドを紙袋と共にセーラに渡した。

 もう乗る船まで決まっていた。 ウェスタンスター号で、出航は十日後。
「それでは四日後の金曜日、今日と同じ時間にこの喫茶店で。 心変わりしないでくださいよ。 悪いようにはしませんから」
 何度も念を押して、メイヤー弁護士は帰っていった。 その後ろ姿を、セーラは二度振り返って確かめた。 すべてが幻のような気がしてならなかった。


 いつも通り鍵を開けて部屋に入ると、もう日は落ちているのに家の中に灯りは点っていなかった。 手探りでランプを見つけて火を灯したセーラは、あけっぱなしの戸口から、寝室で横たわっている母を見た。
「お母さん!」
 びっくりして走り寄ると、ジャナは咳をして目を開いた。
「ああ、セーラ? お帰り。 遅かったわね」
 椅子を引き寄せて横に座り、母の手を握って、セーラは不安そうに尋ねた。
「どうしたの? 気分が悪いの?」
 肘を突いて体を起こそうとしながら、ジャナは微笑みを浮かべてみせた。
「大丈夫。 ちょっと疲れて横になったら、ぐっすり寝ちゃったようだわ」
「本当に平気?」
「ええ」
 無理に元気を装っているが、声は疲れていた。 手首も一回り細くなったように感じられる。 やはり中流階級で大事に育てられた母には、炎天下の重労働は辛いんだ、と感じたとき、セーラははっきりと決意した。
 たとえ危険が待っていようとも、投げられた綱は掴もう。 本当にあの男が二百ポンド払ってくれるなら、イギリスでも地の果てでも、どこにでも行こう!



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