表紙
明日を抱いて
 203 社交の町へ




 その年の感謝祭はずいぶん遅れ、四月にかかった。 するとメイトランド家からさっそく招待状が舞い込んだ。


『エリザベスもわたしも、もう可愛い娘に会わなくては我慢できなくなってきた。 そこでワイロ付きで君を誘おうと思う。 これはエリザベスが思いついたんだが、どうしてわたしがもっと早く気づかなかったのか! うちには電話が三台引いてあって、それぞれ独立した回線になっているのを覚えているね。 そのうちの一台を君に明け渡そう。 いつでも、好きなときにイギリスのジョーダンと、じかに話が出来るよ』


 なんだって?
 ジェンは嬉しくて飛び跳ねた。 大西洋の海底にはとっくにケーブルが引かれていて、国際電話は前から可能だ。 だが値段が高い。 自由にかけて仕事や連絡に使っているのは、まだまだ一部の富裕階級に限られていた。


 大学の休みは十日ある。 そのうち目一杯の八日間、ジェンはメイトランド家に行くことにした。 もう社交シーズンが始まっているから、前のように自由に公園や博物館めぐりとは行かないが、この機会を使って愛娘を社交界に紹介しようと思っているメイトランドには好都合だった。
「ドレスをぼんぼん作ってるんですって」
 荷造りに追われながら、ジェンはコニーに嘆いた。
「今年で流行おくれになってしまうのに、なんてもったいない」
「あのご夫婦には、もったいないなんて言葉は通用しないのよ」
 コニーは楽しそうに笑った。
「今度は自動車産業に投資して、また多額の利益を出したらしいわ。 富は富を産むというところね。 でもあの方は正しくやるから、他のお金持ちのように後ろ暗いところがない。 そこがえらいと思うの」


 駅にはエリザペスと、運転手のクレムが出迎えに来ていた。 メイトランドは会社の定例会議で来られず、ひどく悔しがっていたらしい。
 去年の倍ぐらいの荷物持参で駅に降り立ったジェンは、スプリングコートを着てお揃いの傘を優雅に手にした威厳たっぷりのエリザベスを見つけたとたん、反射的にホームを駆け抜けて抱きついてしまった。
 エリザベスは少し驚いたようだったが、すぐに抱き返してくれた。
「久しぶり、ジェン。 逢えてますます嬉しいわ」
「私も! お元気そうで安心しました」
「さあ、いよいよ正式なパーティーに出なきゃならないようよ。 覚悟はできた?」
 ジェンは別に驚かず、明るく微笑んだ。
「裏方としては何度も参加したことがありますから。 それに子供パーティーにはワンダとよく出ていたし」
「そこがあなたの強みよね」
 エリザベスはジェンと腕を組んで階段を下りながら、静かに言った。
「あなたは社交界の裏も表も知っている。 これはとても珍しい経験だわ」
 ジェンは、赤帽と一緒に荷物を運んでいるクレムに笑顔を送り、遅くなった挨拶をした。
「あなたの顔を見るとほっとするわ。 ますます素敵になったと思ったら、ひげを生やしたのね」
 クレムは苦笑し、鼻下のひげに軽く触れた。
「わたしも三十になったので、イメージを変えようかと思いましてね」






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