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1 別れのとき
一九○四年のその夏も、サンディピークの先端から見る夕日はまるで光り輝くオレンジそっくりに、ゆっくり空からすべり落ちていた。
模造大理石の円柱に手を置いて、ジェニファー・バーンズは赤い帯に変わった海の水平線と、美しいぼかしとなってどこまでも続く雲一つない空を眺めていた。
やがてジェニファーの横にワンダ・ゴードンが寄り添い、肩にもたれかかった。 よく笑う娘だが今日は笑顔がなく、しおれて元気がなかった。
「今年は嫌な夏になるわ。 ジェンがいなかったら」
ジェンと呼ばれたジェニファーは淡い微笑みを浮かべたが、返事はしなかった。 もう決まったことなのだ。 明日には迎えが来て、ジェンは物心ついてから初めて生まれ故郷に帰る。
無視されたと思ったのだろう。 ワンダはじれて、ジェンの右腕を強く引っ張って自分のほうを向かせた。
「ジェンがいないなら、私もうガンサー&ショーに行ってクリームソーダは食べない。 マギーと一緒に行くなんて絶対にいや!」
「じゃローザは? シャーマンと一緒だっていいじゃない? ほら、緑の眼の男の子」
「あんな子!」
ワンダは口をとがらせ、軽く受け流した。
「フィリー出身だからって気取ってるのよ。 それに私に話しかけるときはいつも、ジェンのことばっかり聞きたがるの」
ジェンはびっくりして、ようやくワンダと視線を合わせた。 それまではいつになく気詰まりで、顔を見るのが辛かったのだ。
「えー、そんな。 ほとんど知らない人よ。 引っ越してきたばかりだもの」
「だからいつも言ってるでしょ? ジェンは目立つの」
「ばからしい」
思わず笑い出してしまった。 ワンダがいつも自分と同じ上等な服を着せたがるから、散歩着も海浜着も似たようなものにしている。 だが形は最新流行でも単色にするか少し地味なのを選んで、ワンダを引き立てるのを忘れなかった。
「私はごく普通よ。 顔が普通、スタイルも並み」
「成績抜群」
「それは……」
ジェンの笑いが苦笑に変わった。
「学校も普通だから」
「それは違うわ」
ワンダはむきになって言い返してきた。
「レイクウッドの公立学校ではピカ一の優秀校じゃない。 私の寄宿学校よりずっと難しいことやってて」
そして反論しようとするジェンの口に指を一本置いて封じた。
「私、ジェンと一緒にセントメリー女子高に入りたかったの。 ジェンは一年上だからいろいろ教えてもらえるでしょ?」
「ちゃっかりさん。 セントメリーはいい学校だけど遠いし、学資もすごく高いわ」
「お父さんにとっては大したお金じゃないはずよ。 そう言ってたもの。 ねえ、どうして断ったの? 今からでも遅くないわ。 二人で転校しましょうよ」
ジェンは気を引き締めた。 ワンダは引き止めるためなら何でも口実にしそうだ。
「お父様はすばらしい方よ。 でも好意に甘えるわけにはいかないの。 今までだって私に親切にしすぎだと言われているの、知ってるでしょう?」
ワンダはつんとした。
「どこにもいるのよ、意地悪なヤキモチ焼きって。 ジェンは仲間だわ。 友達はみんなそう思ってる。 そして、うちにとっては家族。 永久にね。 そうでしょう、ピーター?」
円柱の前には白いテラスが広がっている。 庭から上がってきたワンダの兄のピーターが、夕日を受けて眩しそうに眼を細めながら、すらりとした二人の少女を眺めた。
「ああ、そうだよ。 気がついたら一緒に遊んでたもんな」
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