表紙
明日を抱いて
2 やむを得ず




 ピーターは二男で、兄のトニーより面白い子だ。 きちんとした兄とちがってぶっきらぼうな話し方をするし、身なりに気を遣わない。 いつもどこか汚れていたり、シャツの裾がズボンからはみでたりしていて、外を歩いていると下町の悪ガキにまちがえられた。
 今はテニスをしていたらしく、いちおう白の運動着を着てラケットを無造作にかついでいた。 額に汗で張り付いた前髪を右手ではねのけると、ピーターは2人に近づき、いきなりラケットのガットで妹の頭を軽く叩いた。
「ちょっと! 何するの?」
 怒ったワンダが払いのけると、ピーターは笑って近くの椅子にどさっと腰を下ろし、ジェンがテーブルに置いていたレモネードのコップを取って勝手に飲み始めた。
「それ、私の飲みかけ」
 注意したジェンを振り向きもしない。 あっという間に飲み干してさっさと立ち上がり、口笛を吹きながらフランス窓から入っていってしまった。
「困った兄貴」
 ワンダは溜息をつくと、ジェンの手を引いて、兄が去った後の二人がけ椅子に並んで座った。
「トニーとも相談したのよ。 ミシガンの農村地帯って牛や豚しかいないんでしょう? 悪いけどろくな学校もないと思うの。 ジェンの頭脳じゃもったいないわ。 だからこっちでジェンにふさわしい寄宿学校に入って、夏休みだけ故郷に帰れば? それでも私たち寂しいけど」
「ありがとう、ワンダ」
 ジェンは心から言った。 こんなに大事にしてもらえることに感激していた。 それでも、決意したことは変えられないし、変える気持ちもなかった。
「でもやっぱり、ここには残れない。 これまでは伯母さんが勤めていたから一緒に住めた。 その伯母さんが辞めて結婚するんだから、親のところへ帰るのが当たり前なのよ」
 少しの間、二人は押し黙った。 それからワンダがぽつりと言った。
「ヒルダがいなくなるのも寂しいわ。 膝が悪くなったのが本当に残念」
 ヒルダ・メルヴィルはジェンの伯母で、二十年以上ゴードン家に住み込み、有能な家政婦として家族全員の信頼を集めていた。 だが最近体力の衰えを感じていたところへ、偶然再会した昔なじみから求婚されて、彼とポートランドで所帯を持つことになったのだった。
 結婚相手のルーカスは人柄のいい男だったが、残念ながら子供嫌いだった。 ジェンがヒルダの実の娘ならともかく、妹から預かった子だと聞き、引き取るのは無理だとはっきり言った。
 ヒルダは悩んだ。 赤ん坊のときから実の子同様に育ててかわいがってきたジェンを手放すのは、身を切られるようにつらい。 だが昔痛めた膝が年々痛みを増して、もうこれ以上広い屋敷を動き回って家政婦の仕事を続けるのは無理になってきた。 そして再婚相手のルーカス・レイナーには十分好意を持っていて、死んだ前夫のボブより好きなぐらいだし、ルーカスには生活力があって、彼と一緒になればいい暮らしができた。
 事情を話してもらって、すぐジェンは伯母の再婚に賛成した。 伯母はゴードン家で大事にされていて給料も高い。 それでも世の中はインフレで、貯金がたくさんあるからといって将来ずっと安心とはいえない。 稼ぎがあって優しい夫が見つかったのだから、絶対手放しちゃいけない。
 まだ十三歳にしては、ジェンは世の中の厳しさを知っていた。  





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