表紙
明日を抱いて
 3 来ない迎え




 故郷からの迎えは、翌日の午前中に来る予定だった。
 だが夜が明けて、昼食が終っても、ゴードン家を訪れるはずのミッチェル・マクレディ氏の姿は影も形もなかった。 遅れるという電話連絡もない。 番号は手紙で伝えてあるのだが。
 ゴードン家の三人兄妹は、マクレディが現れないのを喜んでいた。 秋からイェール大学に進学が決まっている長男のトニーは、食卓でさっそくその話題を持ち出した。
「やっぱり向こうの事情が変わったんじゃないかな。 都合が悪くなったのかもしれないよ」
すぐにワンダも顔を輝かせて、ここぞとばかり父のジョージ氏に目を向けた。
「まだ転校手続き間に合うでしょう、お父様? これまで通りジェンと一緒にいられるなら手続きしないと」
「そうだね。 我々はいてほしいんだから」
 ナプキンで豪快に口を拭きながら、ジョージは陽気に答えた。 彼は祖父がスイスから移住した移民三代目で、もともとは木こりだった初代のヴィルヘルムが偶然亜鉛鉱脈を見つけたため、金持ちの仲間入りをした。 だからジョージの父までは無学で、大学に入ったのはジョージが初めてだったし、幼い頃は貧しい暮らしをしていたので、庶民の生活をよく知っていた。
 妻のセリナは、ジョージとは逆にボストンの旧家で生まれたイギリス系だったが、父の代で家が傾き、ただ一つ残った財産の大きな屋敷を下宿屋にして、母と細々暮らす日々を送っていた。 その下宿に泊まったのが大学生のジョージで、二人は恋に落ちて学生結婚し、息子の嫁には地元の金持ち娘をと考えていたジョージの父親から勘当された。
 つまり、今は裕福な有力者だが、夫妻は苦労を知っていた。 長男のトニーは下宿屋で生まれ、三歳まで近所の子と連れ立って、どぶに落ちている小銭拾いを遊びにしていたという。 今のすっきりしたハンサムな姿からは想像もできない昔話だ。 トニーは父がやむなく中途退学した大学を良い成績でちゃんと卒業するよう期待されていたし、うまくやりとげられそうだった。


 自分のことが話し合われている間、ジェンは末席で黙ったまま料理を口に運んでいた。 物心ついてからの思い出が、次々と頭に現れては消える。
 同い年のピーターとはいつも一緒に寝かされていた。 彼は丈夫な赤ん坊で、だいたいは機嫌よくしていたが、ときどき火がついたように泣きわめく癖があって、とてもうるさかったのをかすかに覚えている。
 そんなとき、ジェンは真面目くさった表情で這い寄り、ピーターの真っ赤な顔をぱしぱしと叩いたそうだ。 するとピーターは驚いて、たいていピタッと泣き止んだらしい。 少なくとも大人たちはそう言っている。
 ピーターとは、いわゆる乳きょうだいだった。 ジェンのために雇った乳母が、ピーターの面倒も見ることになったのだ。 セリナは初め乳の出がよかったのに、三ヶ月でぴたっと止まってしまい、あわててジェンの乳母のベッキーに頼んだ。 ピーターが牛乳を受け付けない子だったからだ。 それは今でも同じで、ピーターはミルクの入った菓子は絶対食べない。 うっかり口にするとあちこちかゆくなって、ひどいときには蕁麻疹〔じんましん〕がでるそうだ。






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